『家族ごっこ その2』2005.03.23

 


食事を終えると三蔵と悟浄はすぐに煙草に火をつけた。店員が先ほど新しい灰皿と取り替えてくれたため、吸殻がこぼれる心配はなく、心置きなく煙草が吸える。悟空は食後のデザートが運ばれてくるのを待っており、八戒は両手で湯飲みを持って茶を飲んでいた。

「さてと、悟空。家族ごっこって、具体的にどうやれば良いのか説明してください」

 湯飲みの中の茶を半分ほど飲んだところで、八戒は悟空に説明を促す。やりたいと言い出した悟空に主導権があるようだ。

「俺、配役決めたんだ。その役に沿ってやればいいと思う」

 配役。

 悟空が口にした単語に、悟浄は本気でその場から逃げ出したくなった。どうやら、自分は本当に家族ごっこに参加しなくてはいけないらしい。二十歳を過ぎてごっこ遊びというのは、たとえ冗談でも笑えない。左隣の最高僧をちらりと見ると、彼は心底厭そうな表情をしており、いつもの倍以上眉間にしわが寄っていた。右隣に座っている八戒は、自分と同じ年齢だというのに、厭な顔ひとつしていない。以前子供塾の講師をしていたというから、慣れているのかもしれない。

「では悟空、配役を発表して下さい」

「うん。八戒がお母さん役で、三蔵がお父さん役な。で、俺が二人の子供」

悟空が決めた配役を聞いて、三者三様好き勝手な感想を言い始める。

「…僕、三蔵の奥さん役なんですか…?」

「馬鹿猿が子供というのは好かんが、まあまあの配役だな。悪くない」

八戒は女性役をやるということに少し抵抗を感じているようだったが、やると言ったからには与えられた役をやる気でいるようだ。三蔵はどこか満足気であった。だが、悟浄のみが不満を口にした。

「おい、サル!それだったら三蔵と八戒は夫婦ってことになるぞ、良いのか!?

「だって、俺達四人の中じゃ八戒がお母さん役なのは決定だろ?俺は勿論だけど、三蔵や悟浄がやれるわけないし」

「そうじゃなくてっ!俺が問題にしてるのは、八戒が母親役をやるってことじゃあない。三蔵が八戒の旦那だっていう点だ。どう考えたって、おかしいじゃねぇか。俺は八戒と三年も一緒に住んでたんだぜ?なのに、どうして三蔵に八戒をとられねぇといけないんだよ」

 変な言い方しないで下さい。と、八戒が悟浄につっこむ。

「八戒も、こんな坊主なんかより、俺の方が絶対甲斐性あるって。夜だって俺の方が…」

「悟浄」

 満面の笑みで八戒が悟浄の名を呼ぶ。笑顔なのに何故かとても冷たい。

「…ゴメンナサイ…」

 八戒の絶対零度の笑顔と声に砕かれ、悟浄の言葉は続くことはなかった。

「俺、悟浄みたいに夜遊びしてる、だらしない父ちゃんなんかいらねぇ」

「だ、そうだ。あきらめろ。だが、心配するな。八戒は俺が幸せにしてやる」

 悟空と三蔵が好き勝手なことをそれぞれ口にする。

「…三蔵…。そういう問題じゃあないんですけど…。悟浄、別に良いじゃないですか。遊びなんですよ、これは。そんなに、ムキになることないでしょう?そんなにお父さん役がやりたかったんですか?お母さん役でよければ、交代しますよ?」

 そういう問題でもない!

 悟浄は心の中で叫んだ。確かに、そうすれば三蔵と八戒が夫婦というシチュエーションは避けられるが、三蔵と自分が夫婦など、遊びといえども御免こうむりたかった。三蔵も、誰が河童なんぞ嫁にもらうかと露骨に厭な顔をしている。

「…いや、それはいいわ、八戒。で?一人残った俺は何の役をやればいいの?」

 気を取り直して聞いてみる。

「あ〜、悪ぃ。そういえば、悟浄の配役忘れてた」

 悟空がさらりと言った。

「なんだよ、それ!どうして忘れるんだよ!」

「だって、母さん役と父さん役が決まっちゃったからさ。ホント、ごめん」

 悟空が必死に謝る。

まあ、サルの頭では配役三人決めりゃあ、容量いっぱいになるか…。

ポジティブに考えて、悟浄は忘れられていた自分を慰める。

「あと残ってる役となると、祖父母役か悟空の兄か弟か姉、それから妹ですね」

「却下」

 八戒が指を折って残った役を数えだしていると、三蔵が言った。

「なんでだよ、三蔵」

 悟空が不思議に思って三蔵に訊ねる。八戒にも、三蔵の発言は不可解だったらしく、三蔵の方を見た。

「河童が身内にいるなんざ、遊びといえど気にいらねぇ」

「三蔵、無茶言わないで下さい。そんなこと言ったら、あとはペットの役しかないじゃないですか…」

 三蔵のわがままで却下された役以外のものを八戒が挙げてみたら、悟空がそれは駄目だと言った。

「どうしてです?」

「だって、ペットの役はジープだもん」

 …俺、やっぱりジープ以下だったんだ。

 自分には配役がないのに、ジープには役が与えられていることに悟浄はちょっぴり傷ついた。が、誰一人悟浄の心情を察することなく彼の配役を考え続ける。

「となると、他に余っている役は何があるでしょう?近所の作家の先生か、ハーイとしか言わない悟空の友達の役か、三蔵の会社の同僚とかくらいでしょうか。あ、僕のお母さん仲間という役もありですね」

「八戒さーん、いつの間にか毎週日曜日放送の、某国民的漫画になってません…?」

「…八戒の話の通りに解釈すると、俺はタラちゃんの役に当たるのかな…」

 三蔵はマスオさんか…。と、悟空が呟く。悟空の呟きは三蔵にも聞こえていたらしく、彼は馬鹿共が、と小さな声で、しかし全員に聞こえるように呟いた。

「あー、そういえば、重要な役、忘れてたわ」

 悟浄が声を上げる。

「?何ですか、重要な役って?」

 候補を出し尽くした八戒は、悟浄の言う重要な役が何か気になるようで、早く言うよう促している。

「間男」

 悟浄が言い終わるか終わらないかのうちに、三蔵が発砲した。店中の客が何事かとこちらを向いたが、八戒が「教育的指導です。お気になさらずに」と言って、ごまかした。もっとも、ごまかしきれるはずはないが。

「ったく、このままじゃらちがあかねぇ。俺がさっさとこいつの役を決めてやる。悟浄の役は酒屋だ。これで決定、変更はなしだ。いいな!」

「ああ、それなら身内にはなりませんね。役が決まって良かったですね、悟浄」

「…もう何でもいいデス。好きにして下さい…」

 かくして、父親役三蔵、母親役八戒、子供役悟空、酒屋役悟浄、ペット役ジープのキャストが決定した。スタートは宿屋で部屋を確保してからということになり、四人は勘定を三仏神名義のゴールドカードで支払ってから店を出て、宿を見つけるために歩き出した。

 結局、酒屋だって、その某国民的漫画のキャラクタじゃねぇか。

 歩きながら悟浄はそう思った。

 

 街の中心から少し外れた安宿で、四人部屋をひとつ確保することができた。悟空はこれから始まるイベント、家族ごっこにわくわくしており、逆に、悟浄はこれ以上内ほど意気消沈していた。二人ともそれを少しも隠そうとしていない。そのため、宿を見つけるために歩いているときに、「うぜぇ」と、三蔵に何発かハリセンをいただいたのだが、二人の様子は依然として変化はなかった。

「な、早くやろうぜ」

 部屋に入るとすぐに悟空が八戒の腰に抱きついてせがむ。

「そうですね。悟空もずっとおとなしくしていましたし、始めましょうか」

「おう!」

 八戒の言葉でスタートしたようだったが、始めと言われてもどうすれば良いのか分からず、悟浄はそのままドア付近に立っていた。

「何してんの、酒屋さん?」

 悟空が悟浄の傍らに来てそう問う。

「さ、酒屋さん!?

「勝手に人の家に入ってんじゃねぇよ。殺すぞ」

「って、何で俺の部屋に入っちゃいけねぇんだよ、ハゲ坊主」

「黙れ、クソ酒屋河童」

 酒屋、という単語で、どうやら三蔵も家族ごっこに参加しているらしいことは分かった。が、展開がよく分からない。

「八戒。どういうことだよ、コレ」

どうして自分が部屋にいるだけでこんなに非難されなくてはならないのか、悟浄は八戒に訊く。

「悟浄、もう家族ごっこは始まってるんですよ。ここは僕と三蔵と悟空の家で、あなたは酒屋さんなんです。酒屋さんが僕らの家にいるなんておかしいじゃないですか」

「じゃあ何?俺は部屋の外にいろって言うの?」

「そういうことになりますね」

 彼はしれっと答えた。

「イジメじゃねぇか、それ。れっきとした仲間はずれだぞ!」

「別に、いじめてなんかいませんよ。ちゃんと買い物に行ってあげますから、心配しないで下さい。ね?」

「うるせぇ酒屋だ。八戒、さっさと帰ってもらえ」

「はいはい。悟浄、申し訳ありませんが食堂にでもいて下さい。絶対に後で行きますから」

「絶対だぞ」

 円滑に遊びが進むよう八戒は気を配っているようで、悟浄も反抗せず協力することにした。ドアノブを回して、ドアを押し開ける。

 

 

「悟浄」

 食堂に行こうと部屋から一歩外に出たとき、八戒に呼ばれた。振り返ると、彼は手に持った小さな白い紙を悟浄に突きつけていた。紙には几帳面な字で何か書いてあり、長年の付き合いで悟浄にはその紙が何なのかすぐに予想がついた。

「これ、買ってきてください。よろしくお願いします、酒屋さん」

 紙は予想通り買い物リストで、「酒屋さん」にちなんでか、ビール、焼酎、地酒など酒ばかりが書かれていた。

 これは絶対にイジメだと確信した悟浄であった。

 
 


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