『家族ごっこ』2005.03.10

 




天気の良い日のことだった。



「…ひ〜ま〜…」

「黙れ、馬鹿猿」

 悟空の言葉に、助手席で黙って新聞を読んでいた三蔵が間髪いれずに言った。

「何だよ、暇なんだから暇だって言ってもいいじゃん。なあ八戒、次の街までどのくらいかかるの?」

「お昼頃には着くはずですよ。昼食までには到着すると思います」

 まだまだ子供だな、などと思いつつ八戒は答える。

「え〜、まだまだじゃんか。暇だあ…」

「確かに、ここ最近襲ってくる奴らなんていなかったしな」

 悟空の暇だ、という意見に悟浄も頷く。

「何事もないのが一番ですよ。休めるうちに休んでおかないといけませんし」

「でも、退屈だよ。八戒、何かして遊ぼ」

 彼が後部座席からかまって欲しいオーラを発していることは十分に分かるが、いかに器用な八戒といえども運転しながら悟空の相手をすることは不可能だ。

「遊んであげたいのは山々なんですが、運転中ですから。悟浄か三蔵に遊んでもらって下さい」

 そう言って助手席の方を見るが、三蔵はノーリアクションである。後ろからは、誰が猿の相手なんか、という声が聞こえてくる。

「八戒〜」

 恨めしそうに悟空が名前を呼ぶ。

「しりとりくらいならできますけど…」

「さっきやったばっかだから、ほかのことがいい」

 車上でできることなど限られている。毎日ジープに乗っているので、車の上でできることは一通りやってしまっているので、しりとりのようなオーソドックスなものは彼にとっては新鮮味がなく、気に入らないようだ。だが、それ以外に運転手も参加できるようなゲームなどなかなかない。どうしようかと八戒が考えていると、悟浄が口を開いた。

「やめとけよ、八戒。お猿の頭ン中にある単語量なんてタカが知れてるから、3分も続かねぇぞ」

「時間の無駄になるだけだ」

三蔵も同様のことを口にする。共通点などないようである三蔵と悟浄なのである。悟空はこの二人の言葉に過剰に反応し、反撃を試みた。

「三蔵も悟浄も、俺のこと馬鹿にして。悟浄だってしりとりする時は下ネタばっかり言ってるくせに!」

 なあ、八戒。と、彼は救済を求めた。

 しかし、悟空が一行の中で単語所有量が最も少ないのは事実であるので、弁護するのが難しい八戒である。

 遊んで、遊んで。と、聞き分けのない子供のように悟空が連呼しだした。すかさず三蔵が彼の頭にハリセンを落としたが、野宿が続いてストレスがたまっているためか、彼は一向に静かにならない。

 さて、どうしましょうか。

 短時間の思考の末、八戒はあることを提案した。

「悟空、街に着くまでおとなしくしていたら、好きなだけ一緒に遊んであげますよ」

 その一言に、悟空はすぐさま反応して聞き返した。

「本当!?」

「ええ、約束します。でも、いい子にしていないと、遊んであげませんからね」

「うん!するする!」

 さすがに子供の扱いは慣れているのか、悟空はそれから街に着くまでまるで別人のようにおとなしくなる。それは、隣にいる悟浄が気持ち悪い、と評価するほどのものであった。







 八戒の言ったとおり、昼食までには街に到着した。大きな街ではないが飲食店や雑貨屋は多く、活気にあふれている。街についた途端にいつものように悟空が「腹減った」のセリフを連呼し始めたので、一行は宿をとる前に悟空の空腹を満たすために食堂に入ることにした。

 店に入ると、駆け寄ってきたウェイトレスにテーブルに案内される。案内されたのは、ヘビースモーカ二人がいるため当然喫煙席で、店の隅にあった。注文は八戒がした。一行の一回の食事の量を熟知している彼は、お品書きを上から順に全て読み上げるだけという、実に単純かつ明解な方法で注文をする。あまりの量の多さにウェイトレスは一瞬固まったが、すぐに営業用の笑顔を取り繕って、ご注文の確認をさせていただきますと言った。ただし、確認といっても、「お品書きの料理を全てでよろしかったですか?」の一言で済んでしまったが。



「八戒、八戒。さっきの約束、覚えてる?俺、おとなしくしてただろ?」

オーダーを終え、ウェイトレスが去ってすぐに悟空が口を開いた。

 テーブルは円卓で、三蔵、悟空、八戒、悟浄の順に座っている。悟空と悟浄の間に八戒が座るのは、二人の料理争奪戦の被害を最も少なくするため、彼らを隣り合わせにしないように、という八戒の配慮だ。

「ええ、ちゃんと覚えてますよ。買出しは明日の出発前でも充分間に合いそうなので、ご飯を食べてからすぐにでも遊んであげられますよ。夕食までは暇ですし」

「夕メシの時間まで遊んでくれんのか?やりぃ!」

 八戒の返答に悟空はガッツポーズをし、全身で喜びを表す。遊び盛りの悟空にとっては、街での自由時間が楽しみなのだ。やんちゃな悟空にとっては窮屈な車の中よりも、やはり遊ぶのなら広い場所の方が良いのかもしれない。

「おい悟空。八戒にあんま負担かけンなよ。大事な運転手さんなんだからな」

 悟空の正面に座っている赤い髪の男が言う。なんでもないことのように言っているが、彼なりに八戒の体調を気遣っての言葉である。

「そんなこと、悟浄に言われなくたって分かってるよ。何して遊ぶ?」

 前半は悟浄に、後半は八戒に向かって悟空が話しかける。悟空のことは目に入れても痛くないくらいに可愛がっている八戒である。何でも良いですよ、と答えた。

「何でもいいの?ならさ、前からやりたかったことがあるんだけど」

 嬉しそうに悟空が話す。三蔵は横目でそれを見て、どうせロクなことじゃねぇだろう、と呟いた。

「今日はとことん悟空に付き合いますよ。なんですか?前からやりたかったことって」

「ガキっぽいかもしんないけど…。俺、家族ごっこがしたい!」

「「「家族ごっこ?」」」

 悟空の年齢不相応と思われる発言に、悟浄、八戒、それに三蔵までもが鸚鵡返しに言った。

「お前、今年でいくつだ?ごっこ遊びって何だ、それ?」

 悟浄は爆笑しながら、テーブル越しの悟空の頭をぽんぽん叩く。

「別にガキでいいよ!家族ってどんなのか分かんねぇから、やってみたかったんだよ!寺院じゃ一緒にやる人がいなかったし、人数も集まらなかったけど、四人いれば何とかできそうだし」

「ちょっと待て、サル。四人ってことは、俺らもカウントされてるわけ…?」

「俺はそんなくだらんことはしねぇぞ」

 自分には無関係だと思っていた三蔵と悟浄は、悟空に訊ねた。

「え?三蔵達やらねぇの?」

 やるか、そんなこと。という三蔵の言葉は発せられることはなかった。三蔵がそう言うと予想していたかのように、八戒が先手を打った。

「三蔵はやらないんですか?悟浄も、嫌なんですか?悟空はジープに乗ってるときにずーっと我慢しておとなしくしてたのに、あなた達はちょっとの我慢もしないんですか?」

 疑問形のはずなのに、否を言わせない八戒の言葉に逆らえるものは誰もいなかった。

「サルには甘いんだよな、八戒は…」

悟浄の独り言は八戒の耳に届いたのかそうでないかは不明だが、少なくとも八戒はその言葉に反応しなかった。

テーブルに備え付けてある灰皿が吸殻でいっぱいになるのは、いつもよりも早かった。




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