とあるひそかな もめごと。4
「こんばんは。」
「二理さん・・・・・・。」
「ごめんなさい。 こんな時間に。」
いつも通りの柔らかな笑顔を浮かべて戸口に立つ二理を見て、それがあまりにも思いがけなかったため、八戒は一瞬絶句したが、慌てて言葉を継いだ。
「いえ、かまいませんよ。 ・・・どうぞ。」
リビングへ通し、ソファを勧める。
「お食事は済ませましたか? 僕もまだなんで、良ければ何か作りますけど。」
「いえ、お構いなく。 ―――突然済みません。」
「では、お茶でも。 ああ、お茶うけに焼き菓子があるんです。 お好きかな?」
キッチンに立つ八戒の後姿を見送った二理は、目の前の卓にある籠に気づいた。
「・・・・・編み物、ですか?」
「ええ、見よう見真似なんですけどね。」
編み物をはじめたのは、何かに集中していれば、余計なことを考えずに済むと思ったからだった。 最近の悟浄の変化が、何かの悪い予兆のように思えて、黙っていると思考が泥沼化しそうだったのだ。
適度にややこしくて、適度に不慣れなものが良い。
慣れた事では、集中はできまい。 手を動かしながらも考え事ぐらいできてしまう。
妙に器用で要領の良い自分を、この時ばかりは呪いながら、思いついたのが編み物だった。 これなら、他に考え事をせずに済むだろう。
狙いはあたり、昨日から八戒は無駄な考えにふける事を一切せずに、何度も編み目を数え直したりしながらも、精神的には安定していたのだった。
盆にお茶と菓子を載せてリビングに戻った八戒は、卓にそれを置きながら言葉をつないだ。
「すぐに分からなくなっちゃうんで、ナカナカ進まないんです。 どうぞ。」
いつもの笑顔でお茶を勧める八戒を見つめ、何か言いたげに口を開きかけた二理は、いったん口を閉じる。
出されたお茶に口をつけると、少し硬い笑顔を見せて、今度は口を開いた。
「八戒さん。」
「はい。」
「今日は、お願いがあって来たんです。」
「なんでしょう。」
「話そうと、思うんです。 私と兄の事を。 ・・・・悟浄さんに」
またも思いがけない言葉に、八戒の碧の瞳が、僅かに見開かれた。
「悟浄に?」
「はい。 ・・・・・その許可を、頂きに来ました。」
「―――何故、僕に?」
二理が、目を伏せる。
「貴方の・・・・大事な人、でしょう?」
笑顔を湛えたまま、八戒は目をそらさない。
「ええ、とても大事な、友人です。」
「お友達、ですか。」
「かけがえの無い友です。」
小さく息を吐いて、二理は柔らかい笑顔を取り戻し、言葉をつなぐ。
「私、あの方に、惹かれています。」
「・・・・・・・。」
こんな日が、いつか来ると思っていた。
八戒はそう、心の中で確認した。
あの優しさに、惹かれる人が他に居たとしても不思議は無い。 今まで現れなかったのが、思えば不自然だったのだ。
それが二理だ、とは、想像の外だったけれど。
「悟浄さんの傍に居ることができたら、・・・兄の事も違う考え方で見られるように、なるのではないか、と・・・・思うんです。」
「なるほど。」
「もっとも、全て話したら、嫌われてしまうかもしれませんけど。」
「それは大丈夫でしょう。」
笑顔を湛えて言う八戒に、二理が目で疑問を呈す。
「それで嫌われることは無いです。 そういう奴ですよ、悟浄は。」
自分が花喃との事を話した時もそうだった。 軽く汗をかいた程度で流してくれた。
そういう奴だ。
「許可を、頂けますか?」
「僕にそんな権限は、ありませんよ?」
あくまで言いつのる八戒に、二理は戸惑ったような目を向ける。
しばし見つめあって、八戒が息を吐いた。
「いいでしょう。 僕の一言が後押しになるんですね。」
「・・・済みません。」
「―――どうぞ、お好きに。 と、言っておきます。 ただし、結果に責任は持てませんけど。」
「それは当然です。」
「これから悟浄のところに行くんでしょう? 賭場に行けば、たぶん居ますよ。」
「ええ、そう聞いています。」
その言葉に震撼を覚え、自然な仕草で立ちあがるために、八戒は若干の努力を要した。
「途中まで送ります。」
「いえ、ひとりで大丈夫です。」
「ダメですよ。 ここらは寂しい道ですし、いくら冬でも、女性の一人歩きはお勧めできません。」
二人は町の中心へ向かって歩いていった。
なんとなく気まずい空気があり、会話を交わすことも無く道を進む。
やがて、八戒が口を開いた。
「聞いて良いですか?」
「何を、ですか?」
「・・・・・・悟浄の、どこが?」
前方を見たまま、二理が笑みを漏らす。
「私、たぶん貴方のお話の中の『彼』に、既に惹かれていたんだと思います。 現実にあの方と話したりしているうちに、それに気付いた、と言うか。」
「なるほど。 彼の言う『俺ってモテモテ』発言にも根拠があったという事ですかね。 見栄はってるだけかと思ってましたけど。」
「そんな事を言うんですか?」
「何かにつけ、言いますね。 貴女も悟浄と付き合うつもりなら、覚悟した方が良い。 そういう部分・・・こと女性に関しては、軽い男です。」
「・・・・・。」
「なーんて。」
自分を茶化すように付け加えた八戒を見ずに、二理は言葉をつむぐ。
「八戒さん。 やっぱり・・・・」
「もう、すぐそこですね。」
遮るように言うと、八戒は笑顔を向けて二理の背中を、そっと押した。
「ここからは一人でどうぞ。 もう、大丈夫でしょう?」
強張った表情で見返す二理に会釈をして、八戒は踵を返す。
口には出さず、内心で自分に言い聞かせながら、家路を急いだ。
早く帰って編み物を、アレの続きをしよう。
ああまた編み目が分からなくなっちゃった。
また数えるところからやらなくちゃ。
全く、大変じゃないか、編み物ってのは。
こんなに難儀するとは思わなかった・・・・・・・・・・
足早に立ち去る八戒の後姿を見送って、二理はため息をつく。
とにかく、ここまで来てしまった。 いったん口に出した想いを、否定は出来ない。
他の事を考えるのは、自分に今、出来ることを終えてからで良い。
百メートルも進めば、そこに賭場は開かれている。
さあ、歩け。
勇気を奮い起こし、進む。 ドアに手をかけると、勢い良くそれを引いた。
その場所で、二理は異質だった。
勢い良く開いたドアの向こう側は、彼女の知らない空気が流れていた。
タバコの煙の所為なのか、なんとなく白く澱んだような空気。 ざわざわと人声が絶え間無く流れ、時に甲高い嬌声や野太い罵声が混じる。
ごくり、とつばを呑みこみ、気後れを押しつぶして足を踏み入れ、悟浄を探した。
気付くと、あちこちに散らばる男の何人かが、こちらを見ている。
気にするまいと視線を店内に巡らせ、やがて店の奥の、女性が群がるテーブルに、見覚えのある紅を見つけたように思った。
そちらへと歩み寄ろうとして、いきなり背後から腕をつかまれた二理は、思わず小さな悲鳴を上げる。 振り返ると、長身の男二人が間近に立っていた。
「おねーちゃん、初めてだよねえ。 一人なら、俺らと遊ぼうぜえ?」
「ばか、初めてなんじゃ、色々とわかんねえだろーよ。 俺らがおしえてやるよ。」
「私、人を探しに・・・」
「おめーら、だれかれ構わず手ぇ出してんじゃねぇよ!」
聞き覚えのある、低い、少しハスキーな声が、耳を打った。
「人のこと言えねぇだろうが、てめえは!」
「ばぁーか、俺は来るモンにしか手は出さねぇの! そのコは俺に会いに来たんだよ!」
「テキトーなこと言って横から掻っ攫うようなマネ・・・・」
「マジだって!」
「悟浄さん!」
腕を振りほどいて、二理が悟浄に抱きついた。
「な?」
「マジかよ、くそ。 つまんねー。」
抱きついたままの二理を見下げて、悟浄はニヤニヤしながら声をかける。
「ナニ、またくっちゃべりたい気分なワケ?」
「あ、済みません。」
抱き付いている状態に気付き、慌てて悟浄から離れると、二理は紅い瞳を見上げて言った。
「そうです。 聞いて頂きたい事があるんです。」
「オッケー。 んじゃ、とりあえずココ出よっか? 雰囲気、わりィし。 ちょっと待ってて。」
悟浄は奥のテーブルに戻ると、タバコを手にとって、周りに声をかける。
「わり、俺帰るわ。」
「勝ち逃げする気かよ!」
「しゃーねーだろ! 美人のオムカエなんだからよ。」
戸口近くで所在無く悟浄を待つ二理を見やって、ゲームの相手がつぶやいた。
「んだ、てめえ。 八戒といい、チガウセカイに憧れてんじゃねえか?」
「悔しかったら、てめーもコッチにオイデーってか。 んじゃな。」
店を出ると、辺りを見回しながら悟浄が言った。
「どっかで呑む?」
「いえ、私、お酒は呑みません。」
「あー、そーいやンなコト言ってたな。 ナンカ食えるトコ行くか? 晩飯食った?」
「あの、家にいらっしゃいませんか?」
「んー、・・・や、俺はイんだけどさ、二理ちゃんカタギだから、俺みてーの出入りしねぇ方が、イイんじゃね?」
「構いません。 家にいらして下さい。」
「・・・・・了解。」
住居に入ると、二理は先日のように茶を入れた。
盆を持って近づく目が、据わっている。
「悟浄さん、今日は突然で済みませんが、ちょっとキツイ話しを聞いていただきたいんです。 もし途中で聞きたくないと感じたら、ストップをかけてください。 すぐに止めますから。」
「ちょっ・・・・。 イヤ、あの、聞くのはイんだけどさ。 ・・・・・・ナンカ、たいそうな感じなのね?」
ほいほい付いて来てしまった事を若干後悔しながら、悟浄は上ずった声をあげた。
それに構わず、悟浄の向かいに座った二理は、薄茶色の瞳をまっすぐに悟浄に向けて、ハッキリと言い放つ。
「私、兄とセックスしてました。 男性として愛してたんです。」
「――――――――。」
「軽蔑します?」
「イヤ。 ・・・・アリなんじゃねぇ?」
どっかで聞いたような話だ、と思いながら、悟浄はタバコに手を伸ばす。
「そうなってしまったのは、両親が亡くなった時です。
両親は、この店の他にもいくつか事業をしていて、いつも忙しかったので、私は十三歳から全寮制の学校に行っていました。
その間、私はずっと兄に手紙を書いていました。 兄が両親の様子や、この町のことをずっと知らせてくれたんです。 私も兄への手紙では、包み隠さず、なんでも書きました。
実際に顔を合わすのは、長期休暇の時くらいだったのですが、私が家にいる時期は、必ず兄は旅行などに出かけていて、不在でした。 ですから、五年間、私は兄を手紙以外で知ることは殆ど無かった。
それでも、私と兄は誰よりも解かり合っていたと思います。
今思えば、その頃から私は兄に恋をしていたのかもしれません。
未熟な想いでしたけど。
その頃、私はまだ十七歳で、人には平気な顔を見せていましたが、かなり不安定な状態でした。
両親が自分を愛していないと思いこんで、少し荒れていたんです。
兄は、そうではないと何度も手紙で書いてくれていたのですが、その頃の私には飲みこめなかった。
そんな矢先に両親が事故で急死し、私には兄しか残っていないと感じてしまいました。
学校を辞めて帰ると言った私に、兄は学校だけは続けるように、と私を説得しようとしました。
当然の事ですよね。
でも、その時の私はそれを拒否されたとしか感ぜられず、半狂乱になりました。
私にとって、世界はあくまで仮住まいの物でしかなかった。
学校も、家も、私の居場所にはなり得なかった。 兄にも拒否されたら、行く所が無くなる。
そうとしか考えられなかったんです。
そんな私を、兄は抱きしめて、口付けをしました。 落ち着かせようとしたのかもしれません。
でも、二人とも普通じゃなかったのでしょう。 そのまま、私達は、関係を持ちました。」
一気にここまで語って、二理は茶を口にした。
ボーゼンとする悟浄に言葉はない。
「続き、話して大丈夫ですか?」
「どーぞ。」
平静を装って、悟浄は答えた。
目を伏せて、二理は続ける。
「兄と結ばれて、私は歓喜しました。 兄の居る所が私の居場所だ、と確信することができました。
それは、当時の私にとって得がたい物だったんです。
兄の説得で、私は学校に戻り、大学まで行かせてもらいました。
長期休暇で家に戻ると、何度も兄と愛し合いました。 幸せだった。 私には何の不安も無かった。
でも兄はそうじゃ無かったんです。
私は知りませんでしたが、兄は両親の残した事業を続けていく事が出来なかったようでした。
大学最後の冬の長期休暇で戻った時には、とうとう、当時住んでいた家も、手放してしまったんです。
この店以外、何も無くなった状態でした。
兄は私に泣きながら謝りました。 許してくれ、と何度も言いました。
私にとっては何でもない事だったのに。 ・・・兄の居るところが、私の居場所だったのですから。
でも、兄は違った。
どんどん憔悴していくのがわかりました。
大学を卒業して、ここに戻ってからも、兄は私に触れようとしませんでした。
それどころかハッキリと私を避けていた。 顔を合わせても、私が見えて無いように振舞う事もありました。
生活も荒れて、毎日夕方から遊びに出ていました。
夜中まで帰らず、酷く酔って帰る毎日でした。 朝帰りも何度もありました。」
(つーか、それって俺の日常じゃね?)
と、悟浄は腹の中で突っ込む。
「私は自分の想いをひたすら兄にぶつけました。 苦しんでいる兄を救えるのは自分だけだと思い上っていた。
でも、兄を救いたいと思って、当時私のしていた事は、全て逆に兄を追い詰めていたのだと思います。
とうとうある日、自分からせがんで抱かれている時に、兄に首を締められました。
私は抵抗しなかった。
兄を感じたまま死ねるなら、こんな幸せは無いとさえ思いました。
ですが、正気に戻って私の首から手を離した兄は、激しく私をなじりました。
『悪魔』『お前さえ居なければ』『お前の所為で、俺は全てを失うのだ』『寄るな』
・・・何度も殴りながら、兄は私をなじり続けました。
それからは、毎日でした。
行為の最中に、首を締めたり、殴ったりするんです。
日に何度も求められることもありました。
初めて結ばれてから、七年が経っていました。 私は二十四で、兄が三十。
私達はもう、末期になってたんですね。
普通の恋人なら、別れる事も出来たでしょう。 でも私達にはそれすら出来なかった。
まして、私にそんな気はありませんでした。
兄に殺されたいとさえ、思っていたのですから。
そんな事が三ヶ月も続いた頃、兄は自分から病院に行ったんです。
このままでは、いつか私を殺してしまう、と医師に言ったそうです。」
そこで二理は言葉を切った。
「それでも、兄は私の全てだった。」
「あのさ。 ・・・・・イイ?」
「はい?」
「八戒、知りあいなんだろ?」
「はい。 親しくして頂いてます。」
「ソレ、もしかしてあいつにも話した?」
「ええ。」
さらりと答える二理の表情は、柔和ですらあった。
「もう、二年以上前ですね。 雨の日に眼鏡の修理を依頼してきた八戒さんの、気分が悪くなって。
その時、お互いに少し話しました。 それ以来、かなり親しいお付き合いですよ。
今では、一番のお友達かも知れません。 あ、私にとっては、ですけれど。」
背筋を、寒いものが走って、悟浄は危惧を感じた。 お互い、って事は、八戒も話したのだろうか。
八戒の昔を知ってる奴が、他にも居たなんて。
まさか、千人殺した話まではしていないと思うが。
(いやでも、わかんねぇぞ。 あの頃あいつ、人生投げてたもんなぁ・・・。)
「・・・聞いて、あいつナンカ言ってた?」
「羨ましい、と。」
「・・・・・・」
「『貴女は、幸せですね。』と仰いましたよ。 自分も、お姉さんに殺されたかったのかも知れない、と。」
想像はついた。
目の前で自害した姉を、八戒はきっと憎んだのだろう。 自分を置いて、勝手に逝ってしまった姉を。
だから、兄に殺されそうになった二理を羨ましいと感じたのだ。
(そうか、わかった。)
(ナンで二理をほっとけないって思っちまったか。)
(似てんだ、あいつに。)
(あーもー、俺って・・・・・・)
(しょーもねぇ。)
自己嫌悪に陥る悟浄に、柔らかい笑顔を向けて、二理が言った。
「悟浄さん。」
「んあ?」
「私、貴方のことが好きです。 ・・・・多分、そうなんだと思います。」
「・・・・・・・・。」
(こんな言い方まで似てやがる。)
「だから、知って欲しかったんです。 私の事を。」
(我侭だろ、ソレは! オンナジじゃねぇか!)
「・・・・傍に、居てもらえませんか?」
「八戒は・・・」
恋人なのだ、と言おうとして、二理に遮られた。
「知ってますよ、八戒さんも。 今こうしているという事。 私、貴方に思いを伝える許可を、頂きに行きましたから。」
「はあ?」
「付き合うつもりなら、覚悟するように、と言われました。 貴方は女性には軽い、と。」
「―――――――。」
(根性、悪すぎだぜ、八戒。)
「八戒さんは、貴方の事を大事な友人・・・かけがえの無い友だと言っていましたが。 ・・・・貴方は八戒さんが好きなんでしょう?」
「あ〜〜、・・・・・そう、見える?」
「他の人はどうか分かりませんが、私にはわかりますよ。 だって私は貴方が好きなんですから。」
「う・・・・・。」
柔らかな笑顔が、恐ろしいものに見えた。
(ナンだって俺は、こんなのばっかに好かれてんだ?)
「もし、・・・・・・・・・・貴方が、苦しい恋をしているなら、私の方を見ては貰えませんか?」
二理は、柔らかい笑みを浮かべながら、まっすぐに悟浄を見つめていた。
目を逸らすことも出来ずに、内心の汗を隠すのがやっとの状態で、悟浄は言葉を探す。
「あのさ、俺、別に苦しかねぇのよ? その、ご期待に添えなくて悪ィけど。」
「やっぱり。」
にっこり、と笑って、二理はお茶をすすった。
「はた迷惑ですよ、お二人とも。」
「ナニ?」
「何故隠すんです? お互いに想い合っているのでしょうに?」
「俺は別に隠しちゃいねぇ・・・つーか、ンなつもりはねぇんだけど、八戒がさあ」
「―――あの方らしいですねぇ・・・。」
立ちあがると、悟浄に歩み寄り、座ったままの彼に、軽い口付けをした。
「二理ちゃん?」
「ありがとうございます。」
「は?」
「私はもう、これで気が済みましたから、悟浄さんはとっとと帰って下さい。」
(・・・もしかして、コイツも根性わりぃ?)
「八戒さん、編み物をしているでしょう?」
「ン? ・・・ああ」
「何を編んでいるか、わかりました?」
「いや?」
というより、そんな事には何の興味も無かった。
「じゃあ、何故編み物なのか、も分かっていないんですね?」
「あの、・・・どういう」
「・・・・・・八戒さんも、大変だわ。」
独り言のようにつぶやくと、もう一度悟浄に目を向け、柔らかい笑顔で言い放つ。
「さあ、お帰りください。 貴方のいるべき所へ。」
はてなマークを派手に飛ばしながら帰途を行く悟浄を、二階の窓から見送りながら、二理はつぶやいた。
「ほんとうに、はた迷惑だわ。 誤解しちゃうじゃないの。」
家に帰りつくと、八戒は一心不乱に編み物に取り組んでいた。
悟浄が声をかけても、気づかないほどに。
「八戒!」
何度目かに、とうとう悟浄は肩に手をかけ、大声で名を呼んだ。
「あ・・・・悟浄?」
「ただいま! つってんだろ、さっきから!」
「スミマセン、集中してたもので。 二理さんは?」
「ナンで眼鏡屋が出てくんの、そこで。」
「だって・・・・。 告られちゃったんでしょう?」
すぐに手元に目を戻し、上の空の体で、八戒が答える。
二理の出した謎かけの意味がわからず、苛ついて、悟浄は低い声を出した。
「ナンで、編み物なんだよ。」
「言いませんでしたか? 暇だから、ですよ。」
「ナンカあんだろ? 言えよ、ちゃんと!」
「何の事です?」
悟浄が、八戒の手から編みかけの毛糸の塊を取り上げる。 そこらに投げると、八戒を抱きしめた。
「何するんです? また分からなくなっちゃうじゃないですか!」
「ナンだよ、覚悟って。 お前、俺と付き合うの、そんなに大変なのかよ。 ワケわかんねぇのは、コッチなんだよ!」
八戒の腕が、悟浄の背に回された。
「大変ですよ。 貴方、言葉にしないと何も気付かないし、『解かりにくい』とかいって、人の所為にするし、わからなくなるとすぐにキレるし。 ・・・・女性にモテルし。」
「悪かったな! でも、ンなのに惚れたの、てめえだろ!」
「そう言えば、そうですね。」
抱きしめる腕の力を強めて、悟浄は耳元で言った。
「どーせ俺はバカだからな。 言葉にしねぇと、わかんねぇんだ。 言えよ、俺のどこが良いんだ?」
「・・・鈍感で、単純で、・・・・・・バカみたいに優しいところ、ですかね。」
「褒めてねぇだろ、ソレ。」
「確かに。」
「でも、お前は俺に惚れてんだろ? そうだよな」
碧の瞳を、紅い瞳が強い光で捕らえる。
かすかな笑みを浮かべた碧眼を認めて、悟浄は激しい口付けを施した。
八戒もそれに応える。
「バカ、解かりにくいんだよ、てめえは」
「僕が悪いんですか。」
「お前が悪い。」
久方ぶりの熱い夜が訪れた。
木立に囲まれた小さな家に、甘い声と吐息が漂い、室内に熱がこもる。
二人の家は、闇に包まれて、いつも通りの平穏を取り戻したかに見えた。
確かにその時、傍目から見れば常の状態の二人が、そこには居た。
住人の片割れが、密かに決意を固めたことを除けば。
《 END とあるひそかな もめごと。》
ナンとかまとまりましたね。(←ヒトゴトか?)
ですが実は収まりきらなかったネタがあるので、話は次のエピソードに続きます。
ちなみに悟浄が二理に手を出さなかったのは、八戒に操立てした訳ではなく、二理にびびったからです。
あしからず。
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