『くりごと。』2004.12.19

 



 俺の恋人はつれない。

 なにせ、世間には絶対秘密を強制するし、甘い言葉を吐くこともまず、無い。
 なんとかとりつけた約束―― 一日一回、『好き』と意思表明する事 ――も、おざなりだ。
 『おはようございます。 今すぐ起きてくれるなら、好きですよ、悟浄』とか、
 『洗濯物とり込むの、頼んで良いですか? 僕、今手が離せなくて。 大好きですから、悟浄。』とか、
 ホントかそれ!っつー言い方しかしねぇし。 単なる照れ屋のレベルじゃねぇだろ?
 絶対、わざとだ! つーか嫌味だ! いやがらせだ!
 くそ!
 あいつの人生、もうヒトゴトじゃ無くなってんのによ、こっちは!

 ナンカさ。
 だんだん、あいつの顔色窺うの、疲れて来たっつーか。
 面倒くせーっつーか。

 なぁ?

 いくら俺でも。




 ――― くりごと。 ―――




 世間一般の見方はどーか知らねぇけど、俺、今まで女のケツ追っかけてモノにした事って、無いの。
 来るならOK。 去るのも、OK。
 俺が要るのは後腐れ無い一夜の恋人だけで、生涯を女と暮すなんて、考えちゃいなかった。 つーか、『生涯』なんてコトバ自体、意味無かったし、先も後も考えてなかった。
 考えてたのなんて今日と、せいぜい次の日の昼飯ぐらいまでだったからさ。
 何かが欲しくて追っかけたとか、頑張ったとか、ねぇのよ。
 だいたい、欲しいモンとか無かったし。 なんつーの? 生きてるだけで丸儲けっつーか・・・いや、別に儲けたとも思っちゃいなかったな・・・・・。
 だからさ、あいつ、特別なわけ。
 『欲しいモン』だよな。 どうしても『要るもん』なのよ。 居ないと困るって、この俺がサ?
 ありえねえって。

 他に追っかけたっつーと、兄貴かな?
 でも、コレは話が別でしょう? あの頃は俺もガキだったし。
 生かしてくれてありがとう!とかも思ってなかったよなー。
 なんであのバカ兄貴は俺なんかを生かすために、あんな無茶しやがったんだ?
 兄貴の方が、よっぽど生きる価値ある男だろーによ?
 ともかく、あのバカが居なくなっちまって、俺も追っかけたんだけどさ、どこ探したら良いかも分かんねぇし、食わなきゃなんねぇし。
 ガキだったからさぁ、食うためなら、売り以外は何でもやった。 悪いって言われるような事は一通りやってると思う。 自慢にもなんねぇけど。
 いつ死んだっておかしく無かったよなー、今考えると。
 けど俺って丈夫だからさぁ、ナカナカ死なねぇんだ、コレが。 イヤ別に死にたかったとかじゃねぇよ? そういう自虐趣味はねぇの、ダレカと違って。
 一応、兄貴に貰った命だし、あの馬鹿に会って、一発ぶん殴らねぇとなんなかったしさ。
 まあ、そんな訳で、結構無茶はしてたのね。 そのうち面倒くさくなってきちまって、この町に帰ってきて、今に至る訳だけど。

 だからあいつを見た時は、ちょっとびっくりした。
 俺より命投げてて、しかも俺より臆病。 そんなん、始めて見たから。 おもしれーってさ、思った。
 命投げた奴が、どんなこと言うのか、聞いて見たかった。
 別に俺から聞き出したわけじゃ無ぇんだけど、あいつ、勝手に色々話し出してさ、面白かったぜぇ?
 あいつは自分の事を吐き出してただけだったんだろうけどサ。
 俺ってそれまで、生きるの死ぬのってちゃんと考えたりとか、して無かったけど、漠然とは感じてたみてぇで、それを分かりやすい言葉にしてあいつが言ってる、そんな感じよ?
 俺ってそんなこと考えてたんだ、って思ったり、イヤそれはちげーだろ、と感じたり。 なんか、自分が急にアタマ良くなったみてぇで、言いたいことを先回りして言葉にされるのも、その頃は快感でさ。
 でもよ、『血の様に見えたから』には参ったぜぇ?
 ああそう、そうなの俺ってずっとそう思ってたんだよねって、言葉が、俺の腹に、ストン、と収まった。
 ぞくっとして、こいつ、死ぬ気なんだって、分かった。
 んでなきゃ、最後の最期に言うか、それ? みたいな。
 しかも、その直後よ? あのくそ坊主に『くだらんな』って言われたの。
 『この世で紅い物は血だけだと、本気で思ってんのか』
 って、それはそれで、腹に収まっちまったからさ。 ほんでまたアホ猿が『熱いかと思った』って、反則だろそれ!みたいな。
 三角に対立する言葉が、腹ン中でぐちゃぐちゃンなって、ちっとばかしパニクっちまってさ。 自分で眼ン玉えぐる図ってのもぞっとしなかったけど、なんか成り行きで付いてったら、焼け跡でボーゼン、だろ?
 んで、読経聞いてたら、妙にスッキリしてさ。
 なんだよ、ンなもん、どーでもイイんで無い? つー感じでサ?
 腹ン中はどうあれ、俺は生きてるし、生きてりゃどーにでもなる。 珍しくグダグダ考えてたモンが吹っ飛んで、めちゃ気分良くなってた。 俺は俺だ! 悪いかよ!って、カミサマだかなんだか知んねぇけど、俺をこんなにした奴に言ってやりてえような気分。

 それから俺、そんなに無茶しなくなった。 それまで自覚無かったけど、俺って結構、律儀なんだって分かったりもしたし、考え始めると意外に深いトコまで行っちまうってのも発見だったし。 あいつと付き合ってっと、自分で思ってたより、俺って馬鹿じゃねぇんだなって思ったりさ。 だって、あのカシコイ野郎に分かんねぇコトを俺が言葉にするんだぜ?
 だから俺が最後にやっちまった無茶は、死に損ないを拾った事だったりする。

 まあ、確かにさ。
 面倒くせぇよ、あいつは?
 グダグダどうでもイイ事ほじくって考えるくせに、口に出す時ゃ、キッパリだし?
 内心ぐらぐらなくせに、メチャクチャ強情だし?
 いくら美人でもエッチが良くても、前の俺なら間違い無く『ハイ、サヨナラ』よ?
 イヤ俺もさ、色恋に限らず人付き合いとかしてきてねぇから、やり方がマズイのかもしんねぇけど、それにしたって、かーなーり、疲れる奴だとか思うワケ。
 それをさぁ、俺って心が広ーいからさ、ホント、ものすんげぇ譲歩してんの。
 らしくもねぇ。 全く、なんだってんだ!

 賭場で良く会うオヤジが居る。
 この町に戻ってからの付き合いだけど、なんつーか、くちうるせぇオヤジでよ、いつも『しゃんとしろ』だの『ろくなモンになんねえ』だの、うるせー事ばっか言いやがんの。 実はあいつと仲良しの八百屋のおばちゃんの亭主だったりする。
 つまり、八百屋のオヤジ。 女房働かしてナニやってんだ、てカンジなんだけど、そいつがさ、言うのよ。
「おめえって奴は、どうにも危なっかしいガキだったがな。 やっとヒトナミになって来たじゃねぇか。」
 罵声じゃない言葉をかけられたことなんて無かったから、超びっくり。
「生き方を変えるような出会いなんて、滅多にあるもんじゃねぇ。 大事にするんだな。」
 なんてさ。
 てめえにだきゃあ言われたくねぇよ!とか言いながら、だてに付き合い長くねぇわ。
 しゃれた事言いやがる。

 どうにもさ。 周りまでこんなこと言い始めちまうとさ。
 参るしょ?
 もう、良くわかンねぇけどさあ!
 マジ、ダメなんかな、いねぇと。
 
 だって、他に誰も居ねえもんなー、俺。

 ・・・・・・・解かれよ、八戒。





 END 《くりごと。》





 悟浄、愚痴吐きまくりです。
 だって、なんか可哀想でしょ? 惚れた弱みとは言え。
 だんだん、ぐちゃぐちゃになってきたぞ・・・



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