かつて鮮やかな紅の色を誇った髪は、長さはそのままに大半が白いものとなり、いつからか艶と張りを失っている。 かつて触覚とからかわれた前髪の一部も力を無くし、オールバックに撫で付けられてうしろできりりとまとめられていた。 衰えた頬に、子供の頃の傷が浮かんでいる。
横たわったベッドに置かれていた、昔のままに骨ばった大きな手が、張りを失った皮膚に覆われ、力なく僕に差し出される。 かすかに震えるその手を取る僕の手にも、皺としみが浮き出ていた。
それだけは変わらない、光を帯びた赤い瞳が、僕を見つめている。
僕は見つめ返して、何か言いたいが何を言えば良いかわからず、精一杯の笑みを浮かべて、ひとこと、告げた。
「幸せでしたよ、僕は。 貴方と共にあることができて。」
「ばか。 縁起悪りィ言い方すんじゃねぇ、この期に及んで。」
「ですね。 スミマセン。」
苦しそうな息の元、囁くような彼の言葉に、答える僕の視界がにじんできて彼の顔がよく見えなくなる。 嫌だ。 一瞬でも長く、彼の姿を見ていたいのに。
「だから、ばか。 ンな顔、すんじゃねぇって。」
消え入りそうな声に笑いを含ませて、力ない手は僕の頬を覆った。
彼の命が消えゆくその瞬間まで、僕はこうしていよう。
そしてその後・・・・・・
――― えそらごと。 ―――
――なんて、夢だ。
目覚めた次の瞬間、そう思って、そのさらに次の瞬間、自分が泣いていたことを自覚した。
夢で泣くなんて。
・・・というか、何で悟浄が年老いて死に行く夢なんか、見たんだろう。
変だ。 人が死ぬ夢なら、悲しい夢だろう。
でも、僕が泣いていたのは、悲しみ故では無かった。
そこまで考えて、夢ごときに何を想い馳せているのだと我に返り、ベッドから身を起こそうとすると、筋肉質の褐色の腕が、それを妨げた。
昨夜遅くに僕の寝こみを襲い、散々蹂躙したあげくに失神までさせておいて、そのまま寝入った悟浄は、未だ深い眠りに囚われているが、片腕で僕を抱いた姿勢のままだった。
まめな事にこっちの体の後始末だけは済ませてある。 だが、ベッド脇に放り出されたままの衣類や靴はそのままだ。
小さくため息をついて、重い腕をよけ、ベッドから降りると床から自分の夜着と悟浄の衣服を拾う。 いったんそれをベッドの片隅に置いて、新しい衣類を取り出し身につけると、再び手にして、洗濯機に放りこむべく、浴室へ続くドアを開けた。
よくある朝だ。
いつもの事だ。
こんな日々が、ずっと続けば良い。
『死が二人を別つまで』
・・・結婚式のせりふだ。 牧師が言う。
頭を振って洗濯機を稼動させる。 今日は天気が良い。
本当はシーツも洗いたいところだけど、あの図体をどうこうするのは面倒くさいし、今はなんとなく悟浄の声を聞きたくなかった。 仕方なく、主のいない悟浄の部屋の寝具だけをはがし、洗濯機に放りこむ。
その音を聞きながら洗面を済ませ、キッチンへ入ってお湯を沸かす。
いつもの朝だ。
よくある事だ。
暮し始めて二年とちょっと。
付き合い始めてもう少しで二年。
僕達の生活も、それなりのリズムが出来ている。
今日はバイトも何も無い日だから、たぶんもうすぐ悟空がやってきて朝食を要求し、勉強を始めるだろう。
おそらく悟浄は昼過ぎに起きだし、コーヒーを飲みたがるだろう。
今日は天気が良いから、勉強は昼まで。 じゃないと、悟空の忍耐力が持たない。
昼食を取りながら悟浄と悟空がじゃれあい、僕はその横でとりこんだ洗濯物をたたんだりする。
食事を終えた悟空は遊びに出て、僕と悟浄は二人きりになる。
通常、僕達の間に、殆ど会話は無い。
いまさら沈黙におびえるような空気も無いし、とくに用事が無ければ、それぞれ勝手に過ごす。
喧嘩してるときでもなけりゃ、ほんとに話すことも無い。
時たま思い出したように、『今日の晩メシ、ナニ?』とか、どうでも良いような事を悟浄が聞いてきて、僕もどうでも良いような返事を返す。
日が暮れかかると、悟浄は身支度を整え、『遅くなる』とか『今日は早く帰る』とか言って、出かける。 夕食は、とったりとらなかったり、日によってまちまち。
あの服装のセンスはどうかと思いつつ、『いってらっしゃい』と、僕は送り出す。
よくある風景だ。
いつもの事だ。
全き、僕の、居場所。
やがてお互いが年老い、どちらかが死ぬまで、(僕の中では、先に死ぬのは悟浄なのだろう、夢から推察すると。)このまま暮して行ければ。
・・・・・・ありえない、と、わかっている。
この生活が永遠に続くなんて、ありえない。
まともに仕事もせずに、大の男が二人、暮して行くなんてありえない。
まだ、僕達は若くて、先のことをちょっと置いておいても許される環境にあるから成り立ってるだけで、この先もずっとなんて、ありえない。
仮にお互い仕事を見つけて、きちんとした生業を持っても、このままなんて、ありえない。
この関係が、変わらず続くなんて、夢みたいな話で。
悟浄は気持ちのままに生きてきた人だから、きっとこれからもそうするだろう。
僕は気持ちを殺して生きてきてるから、たぶんこれからもそれしか出来ないだろう。
悟浄が気持ちのままに他の誰かに行ったとしても、僕は笑っていってらっしゃいと言ってしまうだろう。
近い将来、きっと、そうなる。
だから僕が思っていることなんて、ほんの
絵空事だ。
END 《えそらごと。》
朝っぱらから、なに考えてんでしょーねー。
地味に八戒、自虐趣味全開です。
二人とも不器用なんで、これから暫く重い話が続きます。
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