『ひめごと。』2004.12.07

 
 「悟浄は、この町では結構有名人なんですから、煩わしいことは避けた方が賢明でしょう? だから」

 そう言ったのは、あいつだ。

 「内緒にしときませんか?」




 ――― ひめごと。 ―――




 今日の俺は、情けねぇ。

 どう情けねぇかと言うと、とりあえず、賭場でいきなり大負けした。
 そんで、ゲンが悪いんでカード止めて、酒、呑み始めたんだけど。
 いつもなら『暇してるんならあたしとどう?』てな感じで寄って来る女が、ひとりやふたりは居るんだけど、なぜかしら皆無で。
 しょーがねぇから手酌でセコセコやってたら、男と別れてやけになってる女と、告ったがフラれて逆恨みしてる女につかまっちまった。 こいつら、ガキの頃からの知り合いで、昔エッチもあったけど、今はナンカ、いいオトモダチになっちゃってる奴ら。 ザンネンながら、色気はまったく無い。
 呑み始めて、もう三時間。 しかも、絡みまくられてるし。

 「もうー! ただでさえイイ男が少ないのに、なんでアンタたち、一緒に住んでんのよー!」
 「ホントよね〜! 夜這いかけたりとか〜、でき無いじゃないの〜!」
 「ハイハイ、っておまえらその辺にしといてもう帰ろうぜぇ。 送ってやっからさぁ。」

 イイだけ酒が回ってきてるから、言うこともメチャクチャ。 両側からしなだれかかられても、こいつらじゃ全然嬉しくないし。

 「ごじょー! アタシと暮そ? アンタとだったら、好きの嫌いのじゃなくって、お気楽に生活できそー!
  イイと思うんだけどー?」
 「そ〜よ〜、そしたらあたしが八戒ちゃんと暮すの〜。 それがイイよ〜!」
 「なんだよ、ソレ。」

 さすがに疲れてきたけど、こんな状態のこいつら放り投げたら、悪いのにイイようにやられちまうのは見えてるし、家に帰るのを見届けるまで付き合ってやるしかない、と覚悟は決まってた。

 「でもさ、八戒ちゃんって、モテルよねー?」
 「えっ? そうなの?」

 初耳だよ。

 「綺麗だしイ。 背、高いしねー。 お上品なカンジでさー!
  アタシなんか、世界が違うっていうか、ちょっと苦手な感じもあるけど、フツーの娘にモテんのよねー。
  ホラ、酒屋のミンメイが告ったの、知ってる? 花屋のメイファも。」
 「知ってる〜!」
 「俺、知らねぇ。 ってソレ、マジ?」

 聞いてねぇ! なんだそれ?

 「何よ、知らないの?」
 「ふっふっふ。 はぁ〜い! あたしも告っちゃいましたぁ!」
 「えー! 何よ、聞いてないわよ、アタシ!」
 「だってぇ、他にいないもん、あんなタイプ〜。」

 なになになに!? どうなってんの!?

 「でもさぁ、さすがの八戒ちゃんだったわよぉ〜! 
  いつもの笑顔で、即ゴメンナサイされちゃったんだけどさぁ〜、あたし〜、もうちょっと押してみたの〜。
  好きなヒトっているの〜?って。 いないんなら〜、出来るまでの間、あたしと遊んでくんないかと思ってさ〜。
  そしたら、なんて言ったと思う〜?」
 「何て言ったのよ!」
 「『いますよ、ここに。』って〜、心臓の上に手〜当てて言ったのぉ!
  もう〜、ど〜しよ〜かと思っちゃった〜。 さすがよね〜!
  他の奴が言ってたら、ケリ入れちゃうトコだけど〜、八戒ちゃんって気障に見えないのよ〜!」
 「そぉ? 俺、帰ったら一発蹴ってやろーって、たった今思ったけど?」
 「でも、ソレはあるかもねぇ。 他の奴ならナイけど、八戒ちゃんならアリっていうかー。
  なんか、憂いを含んだ系で、死んだ恋人とかずっと想ってそう。
  この町の男って即物的すぎて、あーゆーフンイキって無いもんねー。」

 そう。 この町の住人は男も女も逞しいのが多い。
 例えばこいつらだって、今日は俺相手にクダまいてっけど、明日になったらケロッとして新しいオトコを探し始めるだろう。 ソレが分かってるから、俺も一日だけだと思って付き合ってやる気にもなるんだし。
 八戒みてーな薄幸美人系って、確かに少ない。 特に男にはまったく居ないと言っていい。
 もし居たとしても、容姿が伴わなきゃ蹴られて終わりだろう。 っつーか、ぐだぐだ考えてる前に動けよ!って空気があって、ガキの頃からそん中にいりゃ、とりあえず動くように、人間なっちまうもんで。
 あ、そーか。 だからみんな逞しくなっちまってんだ。

 「あ〜! 今度はイイ男みっけなきゃ〜! んねぇ、悟浄〜、あんた、同居やめなさいよ〜!」
 「へ? 俺?」
 「あんたが居たんじゃ〜、八戒ちゃんに夜這いかけらんないじゃないのよ〜!」

 はっかい?

 「あんたが宗旨変えすんのは勝手だけどぉ〜、片想いのくせにひとり占めしてんじゃ〜ないわよ〜!」
 「はあ!?」
 「あんたさ〜、もともと男でも女でもベタベタ触るけどさ〜。 八戒ちゃんには〜、やりすぎ!
  八戒ちゃんメ〜ワクそ〜にしてるし〜、もう〜バレバレよ〜!」

 ば・・・・・ばればれって

 「・・・・・って?」
 「アンタ、八戒ちゃんにベタボレでしょ?」
 「えっ!?」
 「もう、みーんな知ってるわよー! 付き合い悪くなったし、女の子と遊ばなくなったしー!」
 「えぇっ!」
 「そうよ〜、でも〜、向こうにその気ないんだから〜、あきらめれば〜?
  一緒に失恋しよ〜? んで、あたしが八戒ちゃんに行くから〜!」
 「ちょっと待て! なんでそうなるんだ!」

 そう言えば!
 八戒に怒られてから、浮気はしてねぇけど、そもそも女から声かかる事自体、少なくなってねぇ?
 つーか、もしかして最近、モテてねぇ?
 だって。
 カードやってても、俺の後ろにはいつも女が居たよな?
 居るか? 最近?
 よぉーく考えてみろ、俺!

 ・・・・・・・居ねえ! 最近、居ねえじゃねぇかよ!

 つーか、そうだ今日だって、一人で飲んでんのに、コイツラだけだ、声かけてきたの!
 それって、つまり・・・・・!?

 「あ、そ〜だ〜! あんたさ〜、知ってんじゃないのぉ〜? 八戒ちゃんの好きなヒト〜!」
 「そーよねー! アンタなら知ってても不思議じゃー無いわよねぇ!」
 「知って・・・・・知っ・・・・・」
 「え〜やっぱ、知ってんの〜?」
 「ジツは、知ってんだ! 教えなさいよー!」
 「知るかーーーーー! うるせーよ、お前ら!」

 とりあえず、もうグダグダに酔ってるこいつらを、どーにかしねぇと!
 ああ俺って、変なトコ律儀なのよね・・・・・。

 なんとか二人を片っぽの家にぶち込んで、任務完了。 あ〜、マジ疲れる。
 枯葉舞い散る中、とぼとぼと家路をたどった。 家に着いたらもう空が白み始めている。
 日の短い季節とは云っても、八戒は当然、まだ夢の中。
 カギを開けて暗い家の中に入ると、自分ちの匂いがする。 八戒と暮し始めてからの、匂い。
 ちょっと、ホッとしたりして。

 リビングの明かりを点けて、キッチンで水を一杯飲んだ。
 ナンカ、ぐったり疲れてる。
 酒も少しは入ってっけど、そうじゃねぇ疲れの方がでかい。
 このままベッドに入っても、眠れそーにねぇし。
 なにげに八戒の部屋に入る。 ケンカとかしてねぇかぎり、カギは開いてるから、時々あることだ。
 今日は八戒ンとこで寝よう。

 部屋に入ると、気配を感じたのか、八戒が布団の中で身じろぎする。
 ホント、眠り浅いのよねー、こいつ。 ぐっすり眠るのって、エッチの後位だもんね。
 んで、いったんぐっすり寝ちまったら、中々起きねぇし、寝起きは悪いし。
 寝起き最悪のこいつの顔、『八戒ちゃーん』とか言ってる女どもに見せてやりてぇくらい。

 八戒のベッドにもぐりこむと、あったかかった。
 八戒に触れる。 後ろから抱きしめる。 気持ちいい。

 「ん・・・・」

 寝言みたいな声を漏らしてる。 顔をこっちに向け、頬にキス。
 あ、目ちょっと開いた。

 「ごじょ・・・・」

 この、半分眠ってる八戒は、メチャクチャ可愛い。
 こういう可愛い顔は、滅多に見せないから、貴重。
 夜着をかきわけ、肌に直接、触れる。

 「ん・・・冷た・・・」

 八戒の肌は、あったかい。 疲れてんのもあるけど、欲情するっつーより、ナンカ安心。
 このまま寝ちまおうかな。

 「ごじょ・・・寝るんだったら、服脱いで。」
 「イイ。 もう、眠みーから。」

 八戒が、体ごとこっち向いた。

 「ダメですよ。 布団が汚れるし。 疲れも、とれません。」

 こうゆう時、『布団が汚れる』が先に来る。 そーゆー奴。

 「悟浄。」
 「わーったよ。」

 布団の中でズボンを脱ぎ、足でベッド下に蹴り出す。 同じ様に上も脱いで、ベッドの横に投げた。
 パンツ一丁になって、そのまま八戒に抱きつく。 八戒も自然に身を寄せてくる。
 あったかくて、安心。
 このまま眠りに入る感覚が、すんげー心地よくて。
 ・・・・シアワセ。





 目覚めると、すっかり明るくなってた。
 もうベッドに八戒は居なくて、枕元に服がたたんで置いてある。 ソレを持って、シャワーを浴びに風呂場に入った。
 俺は朝(昼?)シャワー派。 んで、八戒は夜風呂派。 これは、夏でも冬でも変わんねぇ。
 サッパリして、服を身に着け、リビングに入ると、八戒が食卓で書き物をしていた。

 「おはよー。」

 顔を上げず、ペンも止めずに八戒が答える。

 「おはようございます。 っていうか、随分ごゆっくりですね。 もうすぐ二時ですよ?
 「んー、わり。」
 「別に良いですけど。
  まあ、ゆうべはずいぶんお疲れだったようですしね。
  そんなに飲んではいなかった様ですけど、香水の香りがしましたよ?」
 「えっ! いや! なんもシテねぇよ!?」

 ギョッとしていい返すと、やっと顔を上げた八戒が笑顔で応えた。

 「わかってますよ。 服を脱いだら、香りはしませんでしたから。 コーヒー飲みます?」
 「・・・・・うん。」

 八戒は、立ち上がってキッチンに向かう。 つーか、布団の中で抱き付いてきたのって、それを確かめるためだったとか? 思わずため息が出た。 そーゆー奴だよ、ホント、お前って。
 コーヒーの香りが漂い始める中、声が聞こえる。

 「ところで悟浄。」
 「んぁ。」
 「電気代が、けっこうかさんでるんですよね。 昨日―――というか今朝か、も、そうでしたけど、
  帰ってきて明かりを点けたらそのまま寝ちゃうでしょう?
  今度から、消して寝るようにしてくださいね。」

 どうやら書き物は、家計簿だったらしい。

 「わかった。 気をつける。」

 食卓にコーヒーが二つ、置かれた。
 八戒は向かいに座り、家計簿の続きを付け始める。 俺は八戒に視線を合わせた。

 「ところで八戒。」
 「はい。」
 「ナンカさ、告られたりとか、してるみたいね。」

 ペンが止まる。

 「ええ。 でも、すぐオコトワリしてますよ?」

 何にも無かったみたいに、またペンが動き始めた。

 「そういうコト、よくあんの?」
 「そうですねぇ。 なぜか最近、多いです。」
 「なあ、ソコにいるヒトって、誰?」

 八戒の胸の辺りを見ながら言ってみる。 家計簿から俺に視線を動かして、疑問を口にする。

 「何の事ですか?」
 「好きな奴いるかって聞かれて、ココに居るって言ったんだって?」

 心臓の上に手を当てて言うと、一瞬ぽかんとしたけど、すぐに笑顔を取り戻し、ツラッと答えた。

 「ああ、そういえばそんな事を言ったような気もしますね。」
 「・・・・・・そんなテキトーかよ。」

 こりゃ、あいつには、徹底的に興味無かったってコトね。

 「結構、行き当たりばったりですから、僕。」

 知ってるよ。 そういう奴だって事は。

 「つーか、俺きのう、大変だったんだぜぇ? そいつらにお前の好きな奴知ってるだろーって、
  ずーーっと聞かれてさぁ! 絡んでくるし、もう、ひでぇ目にあったんだよ?」
 「ああ、それで服に香水が移ったんですね。」

 そう来るか。

 「・・・・・で、誰?」
 「知ってるでしょう?」
 「微妙、だけどな。」
 「そうなんですか?」
 「だって、ソコって事は、もう死んだ奴ってカンジっしょ? 俺、生きてるし。」
 「質問者が女性だったので、女性バージョンで答えてみたんです。」

 あ、そ。 つまり姉ちゃんってコトね。

 「オトコバージョンもあんの?」
 「無いですね。 男性に聞かれたことが無いので。」
 「オトコに聞かれたら、俺って言う?」
 「どうでしょう?」

 家計簿を閉じて、コーヒーに手を伸ばし、碧の瞳が俺を見る。

 「てか俺、片想いにされてた。」
 「悟浄が? 誰に片想いなんです?」
 「お前。」

 八戒がいきなり、顔を伏せた。 カップが食卓に当たり、ガチャンと音を立てる。
 見ると、肩がかすかに震えてるし。 こいつ、笑いこらえてやがる。

 「・・・・・ナンカ、言うことねぇの?」
 「・・・・・・・・ご愁傷様です。」

 声が笑ってんだよ、畜生。

 「なあ、隠しとく意味、あんの?」
 「ばれてるのは、悟浄だけなんでしょう?」
 「だってズルイって! お前、ナニ考えてっか、解かんねぇキャラだもん!」
 「そっくりお返ししますよ、悟浄。
  貴方だって、ホントのところはどうなのか、解かりにくい言動が多いじゃないですか。
  シリアスな事になると、特に。」
 「そおかぁ?」
 「そうですよ。」

 なんか、ツラッと笑ってんなぁ。 ナニがそんなに楽しいの?

 「とりあえず、僕達の関係を公表するのだとしたら、それにあたって、何かメリットがありますか?」
 「俺が片想いじゃないって、ハッキリする!」
 「それは悟浄のメリットでしょう? 僕は?」
 「もう告られないで済むぜぇ。 メリットだろ、それ?」
 「微妙ですねぇ。」

 あー、意地悪い笑顔んなってるし。 ナニ企んでやがる?

 「結構、おまけしてもらえたりするんで、今のままの方がメリットあるような気もするんですけど。」
 「おまけ?」
 「酒屋さんはいつもビール一本、多く下さいますし、花屋さんはかすみ草とかサービスしてくれますし。
  クリーニングでは割引券くれますし、八百屋さんでも多めに袋に入れてくれたり・・・・」
 「つーかソレ、ばれてダメんなっても、そんな困んねぇだろ!」
 「そうとも言いますね。」
 「んなら、別にイイだろうがよ!」

 コーヒーカップを口元に寄せて、笑顔を浮かべながら八戒が続けた。

 「冗談はともかく、僕の方には、公表することでこうむるデメリットが、はっきりとありますからねえ。
  納得させて頂きたいです。 それを上回るメリットの存在を示してください。」
 「つか、おまけが無くなること以外に、何かマズイ事、あんの?」
 「まず、好奇の目には、晒されることになりますよね? それがひとつ。
  僕、目立つのキライなんで。」

 イヤお兄さん、まんま、充分目立ってるから。

 「次に、他の男性からもそういう目で見られる可能性があることがひとつ。
  僕、多分、真性のゲイじゃないと思うんですよ、たまたま相手が悟浄だと云うだけで。
  貴方もそうですよね? 元々かなりの女好きなんですから。」

 まーそりゃ、そうだけど。 でも俺、バレバレらしいから、関係ねぇし。

 「でも、この町の方々って元気な方が多いじゃないですか。 積極的というか?
  ホンモノの男性同士の恋愛沙汰って、男女のものより濃いって言いますから。
  実際、修羅場っぽいものを目にしたこともあるので、面倒くさいかな、と思いますし。」

 う〜〜〜ん、確かに、他のオトコの目を引いちゃう可能性はある、かも。

 「それともうひとつ、」

 「・・・・うん?」

 それまで、とうとうと語ってた八戒が言葉に詰まった。
 カップを置いて、顔を伏せる。

 「・・・・・・・・・・・もし、悟浄に好きなヒトが出来て、・・・・・・その方と結婚したいな、とか思ったりしたら、
  当然、僕達は別れる事になると思うんですが。」
 「ぇ?」
 「その場合、世間に公表していると、・・・奥さんの手前、僕はこの町に居られなくなります。
  ・・・個人的には、貴方が家庭を持ったとしても、友人として傍に居られれば、と思っていますので・・・。」

 うわ、んなコトまで考えてたの、コイツ?

 「その道を断つのは―――イヤ、です。 以上が、僕のこうむると思われるデメリット。
  だから、これ以上の好条件を示して頂けないと、呑めません。」

 一気に言って、カップを持ったままキッチンに向かう。 水音が聞こえた。
 俺もキッチンに行くと、八戒は洗い終えたカップを拭いている。
 近寄って、後ろから抱きしめた。 こうすると、ちょうど八戒の耳のところに俺の口が来る。
 そのまま耳元で聞いた。

 「なあ、それって、俺のコト超好きィ、とかそういうコト?」
 「言葉通りの意味ですよ。」
 「へへへ・・・・・・」
 「ナンです。」
 「俺が、女とケッコンしたいって言い出すと思ってんだ。」
 「可能性は、高いですよね? 元々相当の女好きな訳ですし、実際、結構モテルし。」

 耳が赤いよ、八戒君。

 「八戒のメリット、考え付いたぜ。
  その@
  まちなかでも、好きなだけイチャイチャできる。」
 「したくありません。」
 「そのA
  ヘンな野郎に言い寄られても、俺が公然と守ってやれる。」
 「自分の身くらい、自分で守れます。」

 可愛くねぇ! ま、そういう奴だけど。

 「そのB
  もし、俺が他の女に目移りしたら、町の連中が黙ってない。 お前のファン、多いし?」
 「・・・他のヒトに心が移っているなら、一緒に居る意味は無いでしょう? その例えは無意味ですよ。」
 「ばか、わかんねぇの? 俺はお前のモンだって、みんなに知ってもらうんだよ?
  俺、お前に縛られてイイって言ってんだよ?」

 ぐるり、と八戒が俺の腕の中で体を回した。 正面抱き。 でも、目が真剣。

 「―――悟浄? 僕達、まだ二年も経ってないんですよ?
  これから気持ちがどう変わるかなんて、解からないじゃないですか。」
 「ナニ、お前も、いつ心変わりするか、分かんねぇってコト? 別にいいよ、それはそれで。
  どーなるかなんてわかんねぇけど、そん時ゃそん時・・・・・」
 「僕は、無いです。」

 にっこり、笑って言いきりやがった。 けど俺にはわかる。 実はゼンゼン笑ってねぇ。
 また余計なこと考えてやがんな、こいつ。 コンナコト、筋道立てて考えることじゃねぇのに。

 「はん?」
 「僕は、その可能性、無いと思います。」
 「・・・言いきるんだ?」
 「言いきりますよ。」
 「でも、俺のことはそう思ってない?」
 「・・・・・だって、実績あり過ぎです。」
 「自分からこんなに欲しいと思ったオンナなんか、居ねぇよ? 前にも言ったよな?」

 ため息をついて、八戒は俺から離れた。 リビングへ向かう。
 俺も後を付いて行く。 リビングに入っても座ろうとせず、窓際に立った。
 俺に顔を見せないようにしてる。 こう云う時は、自分でどんな顔をして良いか、ワカンナクなってたりする。 これを無理に見ようとすると、テンションによっちゃ怒り出すから、注意が必要。
 外はイイ天気だから、窓際の八戒は逆光になって、輪郭以外、黒っぽく染まってる。
 俺に背を向けたまま、ぼそぼそ話し出した。

 「誰から聞く話しでも、悟浄は女性が大好きで、若くて綺麗なら手当たり次第にしか見えないって。
  なのに、どの女性からも恨まれてなくて、不思議だとか。」
 「ンなの、お前と会う前の話だろ?」
 「悟浄。・・・・・・僕だって、年をとりますよ?
  ずっと一緒に居たら、三十にも四十にも六十にもなるんですよ?
  とんでもなく汚いおっさんになっちゃうかも、ですよ?」

 な〜に言ってんだろ、こいつ。 てか、俺って信用されてねぇのな・・・。

 「イイ男のまんま、年とりゃイイんだろ? つか、そんなの俺だって同じっしょ?」
 「僕は貴方の容姿に惹かれたわけじゃありませんから。」

 ため息出んのはこっちだっつーの。 マジ面倒くさくなってきた。

 「お前ね、俺が見てくれだけで惚れたって思ってんの?」
 「無いとは言えないでしょう?」

 そりゃ八戒は美人だし、俺って口に出しちゃうから、いっつもそう言ってるけどさ。
 あーいえばこー言うかよ。
 ヤバイ、俺、腹立ってきた。

 「そりゃ、キタナイよりキレイな方がイイに決まってっけど!
  でもさぁ、んなコトいうんなら、男だって時点でNGっしょ?
  そんなん、関係ねぇから、お前に惚れちまったんだよ?
  つーか、若くてキレイなねーちゃん以外で、抱きたいなんて思ったの、お前だけだし!」
 「納得できません。」
 「そんなに信用できねぇ?」
 「ゴメンナサイ。 出来ません。」

 ダメ。
 ブチっと来た。

 「もう、わかった! 好きにしろ!」

 くそっ! ここは俺んちだ! ぜってー動かねぇぞ!
 そう思いきわめて、どさっとソファに座る。
 強情もいい加減にしやがれ!
 畜生!
 ゆうべの、あの安心とか、あーゆーのは、どう説明すりゃ良いんだよ!




 悟浄が怒った。
 背中に、彼の怒りが気配となって伝わる。
 当然だ。
 今回は、多分僕が悪い。
 でも、どうしようもない。 僕は、やっと見つけた自分の居場所を、どうしても失いたくない。
 それは『悟浄の居るところ』なのだから、それを失う可能性のある事は、やはり出来ない。

 どう言ったら、解かってもらえるのだろう?
 ほんの僅かな不確定要素も排除しておきたい、と、願う心を。

 悟浄の言いたい事はわかる。 
 彼の気持ちも、解かってるつもりだ。
 でも、人の心は不確定なものだ。 時と共に人は変化する。 ごく自然な事だ。

 どれほどここに立ち尽くしていたのか、気づくと窓の外は、日暮れが近づいて赤く染まっていた。
 今日は晴天だったのに、青い部分は半分も無い。
 青との境目は光るような白。 淡いピンクからオレンジ色へ。 赤みは徐々に濃くなり、やがて血の色に染まった太陽が、世界を自分と同じ色に染めている。

 やがて、こんなに強く赤を放射している太陽も姿を消し、変わって儚げな月が、群青の天空に居座るのだろう。 あっという間の事だ。

 時はあらゆる物の姿を変える。
 姿だけじゃ無い、人の心も時の経過で変化して行く。
 それは罪に問える事じゃない。 生きていれば当然のごとく、人は不変ではいられないだろう。

 この僕だってそうだ。
 あれほど愛した花喃なのに、僕の中では、今、悟浄の方が大きくなってしまっている。
 世界の全てを消し去りたいと、この身も含めて無にしたいと、あんなに激しく思った僕が。
 それでも自分で死ぬことは出来なくて、誰かに殺して貰いたいと願ったほど、世界に絶望していた僕が、今こうして生きて、来るべき未来に不安を感じている。

 人の心は、変わる。
 出会う人や、心に響く言葉を受け止めることで、いとも簡単に、変わる。
 それが自然だ。

 僕は、三蔵にもらった言葉で、考えを改めた。

 悟浄の優しさで、心が変わった。

 だから、信用できないのは『悟浄』じゃなくて、『時間』だ。





 窓際で立ったまま、八戒が固まった。
 またなんか、考え込んじまってやがるんだろうな。 こうなったら、ヒトの事なんざ、どうでも良くなるから、俺がいくらソファに陣取って頑張っても、意味ねぇの。
 ココントコ、無かったのになぁ。

 でも、やっぱ、腹立つ。
 どう考えても、俺は間違ってねぇ!
 今回だきゃ、どうしても折れる気になれなくて、俺、八戒ほっぽって町まで遊びに行っちまった。

 賭場に行っても、酒場に行っても、『片想い』扱いじゃ、面白え訳ねぇでしょ?
 早々に帰って来たんだけどさ。 それでも日は暮れちまってた。
 すっかり星空がきれいなカンジで、満月がぽっかりと浮かんでる。
 あれ? 家、真っ暗だ。
 窓が、暗いじゃねぇか! どーゆーこった?
 八戒、いねぇの?
 まさか、出てったとか?

 内心ビビリながら、玄関入る前に、窓から中をのぞこうとしたんだけど。
 ・・・・・・・びっくり。 八戒の奴、まだ窓んトコ立ってやがる。
 まさか、あれからずっと、そこに立ってた、てか? 軽く四〜五時間は経ってるぜ?
 ありえねぇって!

 慌てて外から窓を叩いた。
 音に驚いたように、八戒が外の俺を見返す。
 キレイな顔が、ぐしゃっと崩れた。
 八戒が窓を開けて、

 「悟浄、どうして」

 言いながら、急く様に身を乗り出して来る。

 「八戒! 危ねぇから!」

 どう考えてもあれは、床を蹴って飛び出して来たとしか思えねぇ。
 俺も、馬鹿力って言われ続けて、二年近く経つけどサ、あの図体で飛びつかれたら、さすがにぶっ倒れたね。
 八戒を抱いて、地面に背中から倒れた。 咄嗟に受身はとったけど、完璧じゃねぇよ?
 だって、あの図体、受け止めたんだからさ。 細身だけど、筋肉はきっちり付いてるし、上背は百八十あんだから。 フツーに持ち上げるとかじゃ無ぇもん。 咄嗟に、なんて、ぜってー無理!

 つーか、どうなってんの?
 ナンでコイツ、俺に飛びついてきたの?
 意味わかんねぇ!





 夕日が沈んで行く間、刻一刻と変わりゆく空の色を見るともなしに見ていたが、群青の空に星が光り始めた辺りから、視覚情報は途絶えていた。 目は開いているけれど、何も見えていない状態。
 その自覚はあったけど、別に良いやと思った。 誰も居ない家で、何を見るというのだ。
 ・・・・・悟浄は出ていったらしい。
 まったく気づかなかったけど、まだ空が赤かった時分に、ふと振り返ると、部屋には誰も居なかった。

 ここは、悟浄の家なんだから、出て行くとしたら僕の方なのに。
 このまま、終わってしまうのかな? などと考えたら、凄く悲しくなった。
 彼と離れたくないが為の主張で、別れる事になるなんて、皮肉過ぎる。

 ・・・・・・悟浄の気持ちも、言いたい事も解かるけど、彼の主張はやはり、受け入れられない。
 だって、危険過ぎる。
 遠からぬ未来に、あるであろう事態に対する不安が拭い切れない。

 むしろ今、この家から出てゆく事の方が、僕には気楽だ。
 この近くで新たに居を構え、彼とつかず離れずの距離を保ちながら生活することも、たぶん出来るだろう。 僅かだが貯金もあるし、生活はなんとかなる。
 悟浄だってきっと、顔を合わせる事があっても、今と同じ様に接してくれる。 そういう人だから。
 例え触れ合うことが無くなったとしても、僕が少しだけ我慢すれば、その距離感は保てるはずだ。

 その方が良いのかもしれない。

 彼に好きな人が出来て、家庭を持つことを望んでも、『親友』という立場を得ることが出来れば。
 僕は、死別以外で彼を失う事をせずに済むだろう。
 彼がもし、死んでしまったら、僕はたぶん生きていないから、その後は考えなくて良い。
 元々、彼への気持ちを自覚したときから、そう考えていたのだから、その立場が一番良いんだ。
 ただ、僕がより多くを求めてしまっているだけなんだ。
 彼の優しさに、甘えてしまって。
 だから、話がややこしくなっちゃっただけで、最初からこれがベストな距離だと、自分でも思っていたのだから・・・・。

 わかっては貰えないのだろうか。
 もし、もう一度彼と話すことができるなら、言ってみよう。
 『どうしても、秘密にしておきたい。』
 もう一度、そう言ってみよう。
 僕は臆病で、現実的だ。
 今の、ではなく、未来の悟浄の気持ちに、『絶対』と言う形容詞を付けろと言われても、出来ない。
 例え本人がそう主張したとしても、受け入れられない。

 『イイ男のまんま、年とりゃイイんだろ?』
 言いきっちゃうのが、悟浄で。
 そういう問題じゃないと思うのが、僕で。
 その溝を埋められなければ、僕達は終わってしまうのだろうか?
 やはり、わかっては貰えないだろうか?

 苦しい。
 僕はこんなにも悟浄を求めている。
 触れ合えなくなるのなんて、嫌だ。
 いつだって、彼を見ていたい。
 かたときも離れていたくない。
 ずっと、傍に、居たい。
 叶うなら。
 死が二人を別つまで。


 乾いた音が、耳を打った。 意識が現実に戻る。
 上空に、・・・ちょうど月のある辺りに視点が定まっていた僕は、音の原因を確かめようと視線を下げる。

 闇に溶けきらない色彩が目に入った。
 深紅の髪と目が、すぐそこにあった。
 驚いたような表情を浮かべ、窓越しに僕を見ている。

 「悟浄、どうして」

 どうして、いつから、そこに、そんな顔で

 「八戒! 危ねぇから!」

 気づいたら、窓を開け、僕は悟浄にしがみつこうとしていた。
 少しでも近くに行きたい、そんな気持ちで一杯になっていた。
 悟浄が、片手で僕をかかえる様に抱いて、僕をみつめていた。
 少し顔を歪めた悟浄と二人、ぶざまに地面に横たわっていた。

 枯葉が風に動かされ、かさかさと音を立てる。
 月明かりの元、僕達以外、誰も居ない。
 荒い息が聞こえると思ったら、それは僕の呼吸だった。
 悟浄は静かだ。

 「わかってもらえませんか?」

 朽ちてゆく葉の乾いた音。

 「なにがあっても、貴方から離れたくない。」

 風が髪をなぶる。

 「我侭なのはわかってますでも」
 「だぁ―――!」

 骨ばった手が、僕の顔を彼の胸に押し付けた。

 「面倒くせぇ野郎だなー! わあーったよ! 内緒にしときゃ、イイんだろ!」
 「悟浄・・・・・・」
 「しょーがねぇ、畜生。」

 言いながら、悟浄が立ち上がろうと体を動かす。
 僕もそれに倣う。

 「良いんですか?」
 「ま、俺も、お前がダメだって言ってんのに、構わず町でイチャイチャしたかんな!
  片想いギワクは、自分のせいっちゃ、せいだしな!」
 「ホントに・・・・・・?」

 いったん立ち上がった悟浄は、体を屈めて、まだ地面に手をついている僕のあごに手をかけた。  
 紅い瞳に一瞬、笑いが宿り、僕は中腰のまま、動きを止める。
 その様子を見て、鼻で笑うと、手を取って立ち上がらせてくれた。
 僕は悟浄の体についた枯葉を手で払う。

 「ただし、条件がある。」
 「・・・・・なんでしょう?」
 「一日一回、俺のこと好きって言え。」
 「・・・・・・・・・・・・・はい?」

 柔らかく抱き寄せて、ついばむように唇を合わせた。

 「キライになったら言わなくてイイからさ。 毎日、確認させて。」
 「そ・・・・・・・」
 「んじゃねぇと、呑めねぇな。」

 ふわりと、悟浄は僕の首筋に顔を埋める。

 「だって、お前わかりにくいんだよ! 俺だって不安になったりとか、全くねぇって事でもねぇのよ?」
 「・・・・・あ」

 ・・・・・・そうなんだ。 思いもしなかった。

 「OK?」
 「・・・・・はい・・・・。」

 体を少し離して、見詰め合う。

 「了解・・・・・です。」
 「んじゃ、今日の分、ヨロシク。」
 「・・・・・・・」
 「ン?」
 「あの」

 悟浄が子供みたいな顔をして、待っている。
 目を見開いて、笑いをこらえようとして、こらえきれないような表情。
 自然に愛しさがこみ上げ、その瞳を見つめたまま、口にした。

 「好きですよ、悟浄。」

 ものすごく嬉しそうに笑って、悟浄は僕に口付けをする。
 熱を持った頬に、秋風が気持ち良い。
 一瞬風が強くなり、僕は紅い、張りのあるまっすぐな髪に包まれた。

 「ごめんなさい」
 「ベッド、いこ。 すんげえ、シたい。」
 「え」



 次の朝。
 僕が、歩けないほど疲れきってしまったのは、言うまでも無い事で。

 悟浄が離れたベッドの中で思わず、平穏な日常と、未来への不安を、天秤にかけてしまった僕は、

 ・・・・・我ながら、度し難い、と、自覚した。




 END 《ひめごと。》






 日常を描きたいと思っただけなのですが、思いのほか長くなってしまった。
 だらだらと書いてしまいましたが、最後までお付き合い頂いて、ありがとうございます。

 はい、うちの八戒は我侭です。
 悟浄はイイようにやられてます。
 ゴメンナサイ。
 良いんです。 八戒は、一番強いんです。(←意味不明だから!)

 
 

(プラウザを閉じてお戻り下さい)