深夜。
窓の外は、一度解けかけた地面を、新たに降り始めた雪が白く彩りつつある。
住人はベッドの中で眠れぬわが身を持て余していた。
思い詰めると、とことんまで自分を追いつめる性癖のある、翠の瞳を持つ青年は、睡魔に嫌われた夜を、幾夜も過ごしていた。
ドアの開け閉めされる物音とともに、もう片方の住人が帰宅した。
足音は、眠れぬ夜を持て余す同居人の部屋へ直行する。
それと知って、ベッドの中の住人は敢えて寝具に深く潜り込んだ。
ドアが開かれ、暫しの躊躇いと共にベッドへと歩を進める紅髪の若者は、当然の様に恋人の傍らに腰を落とす。
纏う様に彼を包む冷気と共に差し出される手が、寝具から僅かに覗く黒髪に伸ばされた。
褐色の冷え切った手で寝具を剥がそうとするのを、その手に触れることで阻止した八戒は、布団から眼だけを出し、言葉もなく悟浄を見詰める。
出会った瞳は会話する。 紅は欲望を、翠は沈黙を、それぞれ相手に伝えた。
それぞれに意味を感じとった二人は、身じろぎもしない。
やがて、拒絶とも異なる翠の瞳の意志の強さに負け、悟浄は小さな溜め息と共に恋人の寝室を後にした。
若干の苛立ちと戸惑いを友として。
そんな日が、幾日も続いていた。
―― ベース・カラー ――
Fifty-fifty
悪夢を見てしまう事が、まだ、しばしばある。
特に雨の日は危険だ。 花喃を失った瞬間からあの、変化の時までをノンストップで体感する羽目になりかねない。
でも、悟浄のぬくもりを感じていれば、それは避けられる。
そうと気付いて、彼は雨の日に僕を一人にしなくなった。
そんな事、悟浄は口に出さないけれど。
冬は好きだ。 雨が降らないから。
雪には、見たくない物を覆い隠してくれる、そんな優しさがある。
燃えるような色の髪を持った男は、そんな雪に似て、さりげなく優しい。
僕は彼の、そんな優しさに応える術を知らない。
体を重ねれば、刹那的に僕は救われる。 けれど、そうして僕は、甘えを捨てられなくなるだろう。
それでは何の解決にもならない。
彼の負担を軽減する事が出来る訳ではない。
僕は彼の、重荷でいる事に、もう、耐えられなくなって来ている。
―――――――――――――
このところ、三蔵はしばしば悟浄と八戒の家を訪れる。 用件があっての来訪もあるが、気晴らしに立ち寄ることも少なくない。 今回は、目的あっての来訪の様だった。
「猿の食費だ。 受け取れ。」
と、言う言葉と共に差し出された封筒の、あまりの厚さに、中を検めもせず、八戒は言った。
「ちょっと待って下さい、三蔵。 いくら悟空でも、こんなには食べませんよ!」
「・・・・・・・・」
知らん、とばかりに、宙を見て紫煙を吐き出す最高僧に、八戒は言葉を続ける。
「報酬が欲しくてやっている訳でも無いですし。」
八戒に読み書きを教えてもらう、と、云う名目で、悟空がこの家に通い始めてから、ひと月が経とうとしていた。
だが、張り切って用意したテキストを持ち出すやいなや、いち早く姿を消す金眼の少年に、溜め息をつく毎日。 当人は森の中で近在の子供達と遊んでいる様で、学習の名目は有名無実と化していた。
無視を続ける三蔵に、八戒はさらに続ける。
「悟空は殆ど外で遊んでいますし、碌に字も覚えてくれません。 ・・・・・だから、僕は、何もしていないんです。 こんな大金、頂く謂れがありませ・・・・・・」
「喧しい! 黙って受け取りやがれ!」
言葉と共に火のついたまま飛んで来たタバコを避けながら、悟浄が肩を抱く様にして耳元に口を寄せ、
「イイんじゃね? 貰っときゃ。」
微かに笑いを含んだ低い声で言う。
「ヤツは、手間もヒマもかけらんねーから、金かけようとしてるだけだぜ? それで気が済むんなら、却って功徳ってモンだ。」
「・・・・・・功徳なんざ、粋な言葉を知ってるじゃねえか、河童。」
――チャ、と耳元で響く、不穏な金属音に振り向いた悟浄は、顔面に向けられた銃口を見て、それを手で払いながら激昂した。
「てめ! この、キチガイ坊主! 照れ屋サンにも程があんだろ!! 大体、河童たぁ誰の事だ!?」
「ほう?自分を呼ばれたという自覚はあるようだな。 ・・・・下らん事、吹き込んでんじゃねぇ! このエロ河童!」
――――――――――――――
―――またひとつ、教えられた。
三蔵が怒ると言う事は、悟浄の言った事は図星なのだろう。 それに気付かず、僕は自分の正義を主張してしまう。
僕が思い悩む様な事を、悟浄は『イイんじゃね?』の一言で吹き飛ばす。
―――僕なんかより、悟浄はずっと大人だ。
知識はあっても、世間を知らない僕。 人の心をさりげなくフォローする悟浄。
生活する技術はあっても、生きようとする強さの無い僕。 自分の意思で生きていってる悟浄。
僕が持っている物は、無くても生きて行けるもので、悟浄が持っているのは生きて行くのに必要な物だ。
僕が、今、生きているという事実も、これから生きて行こうと思える様になったのも、全て悟浄が呉れた物だ。
―――僕は悟浄に貰うばかり、与えられてばかり。 一方的に助けられてばかり。
――――――――――――――
「だいたい貴様、寄ると触ると八戒にベタベタしてんじゃねぇ! 教育上、拙いだろうが!」
「ほっとけ! サルの前じゃ、やっちゃいねーよ! 自分がヒトリで寂しいからって、やっかんでんじゃねぇ!」
「誰が寂しい一人寝だ!? てめぇ、サカリ付けんのは女だけにしとけ! はた迷惑なんだよ!!」
「はぁ〜ん、やっぱヒトリって、さびし〜んだ、チェリーちゃん?」
「・・・・・・・・・・・殺す。」
やがて銃弾の飛び始めた居間で、世間ずれしていない自分を反省する別世界の住人は、翠の瞳に憂鬱を湛えて思索の深みに嵌まってゆく。 暫し経って、小競り合いに飽きたデカイ図体の子供二人は、どちらからとも無く、違う世界で反省の旅を続ける、黒髪の若者に眼をやった。
「てめえ、本気なのか?」
顎で八戒を指しながら三蔵が問うと、
「ま・・・・・・ね。」
少し照れたように、悟浄が答える。
「苦労するぞ、あれは。」
貴様に理解できるのか、こいつが? と、言外に含ませて問う三蔵に、
「そんな気がして来てる、最近。」
そう、答えながら、・・・・でも、しょーがねーじゃん、と、紅い瞳が苦笑する。
(惚れてんだから、俺が。)
日暮れ時に戻ってきた悟空を伴って、ハリセンを振り回しながら三蔵が帰宅し、家は本来の住人二人だけになる。 だが、思考の旅を続ける八戒との間には、碌な会話も無く、己を律しかねて自室に閉じこもった悟浄は、図らずも八戒同様、思考の迷宮に囚われていた。
作夜半からしんしんと降り積もっていた雪は、落日と共に降り止み、柔らかい雪はあらゆる物音をのみこんで響かせない。 新雪に覆われた夜は、静寂に包まれる夜でもある。
暖かい部屋の中に居ながら、悟浄の心胆は窓の外の景色のように冷え込んでいた。
今の彼にとってこの静寂は、拷問でさえあった。 イヤでも考え込むムードになってしまう。
(―――ったく、ぐじぐじ悩むのは、八戒の専売特許だろーが! ナニやってんだ?俺!)
一つ屋根の下に、想う相手が居るという事は、時として残酷である。
手を伸ばせば届く距離に居ながら、触れる事が叶わない。
―――ここのところ、八戒は所構わず考え込んでいた。
こうなると、何も耳に入らなくなるので、碌に会話も交わしていない。
嫌われてると言う訳でも、怒っているからでも無い様なのに、八戒は“オコトワリモード”を全身で表している。
知らず、溜め息をつく悟浄。
なにせ、彼にとっては“初めて知った真実の愛”で、ある。
(実のところは、性体験に比べ、恋愛体験が皆無に等しかった、と云うだけの事なのだが。)
何故、彼に“オコトワリ”されているのか、見当もつかない。
何か解っている風の、意味ありげな視線を寄越した三蔵からも、答えは得られなかった。
愛しい“彼”を抱きたい。
いっその事、強引に襲ってしまおうか、とも考えたが、後の事を考えると、それもためらわれ、思考は堂々巡りを続ける。
いったん怒った八戒は、(悟浄的に)相当怖いのである。
「くそ!」
飲み干してしまったビールの缶を手に、次の一本を求めて部屋を出た。。
居間へ続くドアを開けると、誰も居ないのにテレビが付けっぱなしになっている。
常の八戒なら、ありえない事だったが、考えすぎて頭が加熱している悟浄は不自然を感じもせず、八戒が居ない事に却ってホッとして、冷蔵庫から一本取り出すとソファに座って呑み始めた。
だが、場所を変えようが、テレビがついていようが、泥沼と化した思考は止め処なく悟浄を苛む。
自室と同じ様な時間が続く事に耐えられず、無理やり思考を別方向にむける。
(どケチ坊主! ハゲでサディストでキチガイで生臭坊主のクセに! ナンか知ってンなら、教えやがれ!)
生来、曖昧な空気をいなせない性格である。
明らかな八つ当たりに思考をシフトさせてみても効果は無く、欲求不満もあいまって、苛々が募る。
イライラすると、タバコが増える。
「悟浄!」
声のした方に顔を向けると、タオルを手にした、風呂上りの八戒が傍らに立っていた。
濡れた髪の下に覗く翠の瞳が、珍しく苛ついた色を見せている。
「だから、いつも言ってるじゃないですか、空き缶を灰皿にしないで下さいって!」
「んあ?」
いきなりの怒声に間の抜けた返事をした悟浄は、八戒の手元にさっき飲み干したビールの缶を見た。
二、三本の吸殻が差込まれて、缶の上部には灰が散乱している。
全くの無意識で、した事だった。
・・・・・なぜか、見慣れた形。
(―――そうだ、こいつがここに来るまで、灰皿なんてシャレたモン、家には無かったんだ。)
そう考えた途端、理不尽な怒りがこみ上げてきた。
「毎日同じこと言わせないで下さいね! すぐ横に灰皿があるのに、何故あえて空き缶に・・・」
「っせーなぁ!!」
声を荒げた悟浄は、いきなり立ち上がって八戒から空き缶を乱暴に奪うと、大袈裟にそこでタバコをもみ消そうとした。
まだ充分な長さのあったタバコはポキンと折れて床に落ちる。
更に苛ついて、地団太を踏むように落ちたタバコを消すと、窓に駆け寄り、大きく開け放って、そこから缶を放り投げた。
冷気が部屋に侵入する。 悟浄はつかつかと、八戒に向かった。
風呂上りの八戒は、悟浄と共に近付く冷気に鳥肌を立てる。 間髪いれず両の二の腕を強くつかまれ、猫背気味になっている悟浄を僅かにみおろす形になった。
悟浄は少し上目遣いになって、常よりキツイ視線を八戒に向ける。
「てめぇ、なぁにが面白くねぇのか知らねぇけどサ。 ・・・人に当たってんじゃねぇよ!」
低い声。 本人に自覚は無いが、こういう声は結構ドスが効いている。
「何を訳の解らない事を・・・・・・! 怒ってるのは、そっちじゃないですか!!」
「そっちこそ、ナンで俺を無視すんだよ!? なんも言わなきゃ、解ンねぇんだよ!」
「無視なんかしてません! いきなり何です!?」
口では勝てないと熟知している。 しかも、考え過ぎた所為で、何を言いたいかが自分でもハッキリしない。
「だ〜〜〜! もう、いい!!」
これ以上続けるのは徒労だと判断し、一方的に口論の決着を付けると、肩を怒らせて居間を出て行った。
なかば呆然と見送る八戒。 盛大な音を立てて閉まる玄関の音を耳にし、吐息と共に肩を落とす。
床に見える、悟浄が踏み潰したタバコの残骸が、彼の胸を詰まらせた。
―――――――――――――
天気の良い日なら夕日を望める小高い丘の、天辺に立つ楡の大木。
今はすっかり雪化粧に覆われてるけど、この木の根っこがイイ具合に盛り上がっていて、座り心地が良い。
ここは八戒の気に入りの場所だ。
・・・・・家の周りにこんなロケーションがあるなんざ、ゼンッゼン知らなかった。
この木が楡だって事も・・・・知らなかった。
・・・・木漏れ日がキレイだなんて、感じたコトも無かった。
暮らし始めて、最初に買い物した時、帰ってから食卓にアレ、置いて、あいつが言ったんだ。
『今度から、吸殻はここですよ?』
今となっちゃ、居間だけじゃなく、俺の部屋にもキッチンにもトイレにも灰皿がある。
ソファだって、本棚だって、家には無かった。
家具は備え付け、テレビだって鍋だって貰いモンだ。
カーテンは洗うモンだって事も知らなかった。 汚れたって、ほっといてた。
―――あいつは、すっかり俺の中に入り込んじまってる。 生活にも。 ・・・・ココロん中にも。
たかだか半年やそこらで、この影響力はナンだ?
毎日おンなじよーなニコニコ顔で、ナニ考えてんだか解りゃしねぇ。
ンだけど、機嫌が悪いとか、落ち込んでるとかは、ナンとなく、感じちまうんだよ? ・・・ンなの、ほっとけっかよ?
俺の欲だけで動いて、後でもっと面倒くせぇ事になりゃしねぇかと思うと、ナンにも出来ねぇし。
・・・・・・・カッコ悪りぃ、俺。
イイだけ振り回されてんじゃん。
「悟浄?」
振り向くと、爽やかと言ってイイ笑顔を湛えた翠の瞳を見つけた。 防寒具を完璧に装備してる。
「寒いでしょう。 風邪、ひいちゃいますよ?」
「・・・・ナニしに来たんだよ。 てめぇこそ、風呂上りのクセに。」
「あはは、こんなとこに座ってたら、家出少年と間違われちゃいますよ?」
「ンなワケねぇだろ! しけたツラしやがって。」
「おや、顔に出てますか?」
「出てねぇ。 ・・・・・ったく、解りにくいんだよ、てめぇは!」
「困りましたねぇ。」
そりゃ、こっちのセリフだ! ・・・・心の中で悪態を吐きながら立ち上がると、
「・・・・・・・・帰ンぞ!」
先に家路を辿る。 数歩遅れて、八戒もついて歩き始めた。
――――――――――――――
やはり、風呂上りの身に、この気温は寒い。 完全防備して来た心算だったけど。
ああ、悟浄にマフラーを持って来たのに、渡しそびれてしまった。
ジャケットひとつ着ていないんだから、絶対寒いはずなのに。
きゅっきゅと雪を踏みしめる足音以外、何の物音も無い空間。
―――今、言ってしまおうか。
このところ、胸に詰まっていた事。
僕が黙ってるから、彼は怒ってしまったのだから。
家まで、たいした距離では無い。 早足で歩く悟浄のペースなら、すぐに着いてしまうだろう。
・・・・・そうなったら、言えなくなるかもしれない。
数歩先を行く、肩を怒らせた背中に声をかけた。
「・・・・悟浄?」
「ナンだよ。」
「ひとつ、聞いて良いですか?」
「だから、ナンだよ。」
「・・・・僕は、ずっと居て、良いんですかね?」
「はぁ?」
歩みを止めて振り向く悟浄と、目を合わせられなかったので、そのまま僕は歩き続けた。
「・・・・・だって、雨の日は悟浄、外出しないじゃないですか。」
「イヤ、そりゃ・・・・・・・・え?」
「いつも、悟浄に助けられてばかりで。 負担をかけてばかりで。 気を使わせて・・・・・いつも。」
歩き続けていたら、悟浄を追い越してしまった。
「何も、返せる物もないし。 迷惑掛けてばかりなら、いっそ、離れたほうが良いのかなあ、なんて考えたり・・・・。」
「ナニ言ってんの?」
「なにって・・・・・」
「ンなこと、考えてたのかよ?」
すぐ傍で声がした。 歩き続ける僕に、悟浄が追いついたんだ。 声の方に顔を向けると、赤い瞳がこっちを見てる。
「バカ!」
大声でひとこと。 ・・・・・あんまりだ。
「だぁ〜〜〜! も、寒いからンなとこ突っ立ってんのよそうぜ!!」
僕の腕をつかむと、ぐいぐい引っ張りながら大股で進む。 家は目前に迫っていた。
「ちょっ、悟浄! 馬鹿力でつかまないで下さい! 痛いんですから!」
家のドアを開けながら、低い声で悟浄が呟いた。
「ばぁーか。 こっちのがもっと痛てーんだよ。」
その声が、泣いてる様に少し、震えてた。
―――――――――――――
玄関に入ると、ふわっと暖気に包まれた。 体が一気にほぐれるカンジ。
自覚無かったけど、やっぱ、寒かったのね、俺。
つかんでた八戒の腕、離して、ずんずん居間まで歩いた。
あんまり腹立って、ナニ言ったら良いか解んねぇ。
ドスンとソファに座って、振り返ると、八戒がやっと入ってきた。。
立ったまま。
完全防備の防寒具も全部、着けたまま。
おまけに手にはマフラーまで持って。
翠の目が不安げに揺れてる。 よせよ、似合わねぇ、そんなツラ。
お前は、ニッコリ笑って嫌味言ってりゃイイんだよ!
「悟浄、何をそんなに怒ってるんですか?」
「わっっかんねぇの? お前!」
遠慮がちな問いに、悟浄はソファに座ったまま、大声で答え、翠の瞳は大きく見開かれた。 紅の視線が、切なそうな怒っている様な色を湛えて、八戒を捉える。
「だって、死んでないってだけだったんだぜ? お前と会った頃の俺って?」
―――ソファも本棚も灰皿も、無かった。 俺が生きてる証なんか、残したく無かった。
「それがナンで、今、生きてるって、思ってんだよ?」
―――生きることナンざ、反吐が出るほどカンタン。 そう、思ってた。
「大事なモンなんざ、無かった俺がよ?」
―――愛情なんか無くたって生きて行けるって。
「ナンでわかんねーの? 大事なモンが出来たからじゃん?」
―――自分が許せなかった。 産まれて来た事、それ自体が罪だと。
「三蔵やらサルやら、・・・・・お前やら」
―――髪と眼が、俺に与えられた罪の象徴だと。 ・・・・・その意識は、まだ残ってるけど。
「あ〜〜〜〜、もう! そんな事、ナンで俺に言わせんの?」
―――お前はコレを血の色だって言ったじゃねーか!
「悟・・・じょ・・・、そんなつもりじゃ・・・・」
「ワガママなんだよ、てめーわ!」
―――そんな、俺によく似た・・・・・!
「悟浄・・・・・」
「俺はお前に惚れてんの! それで充分だろ!? これ以上、ナニが欲しいっての!?」
―――そう、きっと、あの瞬間から、惚れてた。
「悟浄! もう、良いです!!」
八戒が、体ごとぶつかって来た。 その勢いで、俺、ソファに押し倒されちまった。
奴の手が俺の背に回り、きつく抱きしめる。
「ごめんなさい・・・・・大好きなんです、貴方が。 ・・・・それだけ、なんです!」
真紅の髪に顔を埋め、囁くように八戒は言った。
・・・キタ。 胸に、キタ。
俺も抱きしめ返す。 ってか、倍返し?
「バカ。 まだ、髪濡れてんじゃん。」
ちょっと苦しそうに息を詰めて、俺を見上げる八戒の唇に、俺の唇を合わせた。
キモチのイッパイこもった口付け。
―――どれだけ口付けを交わせば、この胸の切なさは、伝えられる?
―――どれだけ愛撫を尽くせば、この想いの深さを刻み付ける事が出来る?
―――どれだけ体を重ねても、どうやったってひとつになんかなれねぇ。 ・・・ンな事、解ってる!
―――けど、そうせずに、いられねぇだろ!?
―――他のヤリ方、知ってるヤツが居るなら、教えてくれ!!
―――俺は、他のヤリ方なんざ、知らねぇんだから!
―――だから、こうするしかねえじゃねーか!!
俺の、多分いつもより荒っぽい愛撫に、八戒はいつも以上に応える。
体中に、紅い標しを刻み付けた。 弱い所を、執拗に攻め続けた。
何度も、何度も、キスをした。 深い、でも甘くは無い、キス。
八戒が、ナニ言ったって、離さなかった。 ずっと一つで居たかった。
八戒、いつもは押さえ気味の吐息なのに、俺の腕の中で、イイ声聞かせてくれた。
そんなのに煽られて、俺も突っ走った。
かなり、突っ走った。
――――――――――――――
果て無いかと思われる程に互いの欲望をぶつかり合わせ、互いの熱を吸い尽くした二人は、心地よい疲労感と未だ鎮まりきらない熱の中に居た。
体を離そうとする悟浄に、彼の腰を手で抑えることで意思を伝えた八戒は、恋人の体重を受け止める。
恋人の肩越しに、顔を枕に埋める悟浄。 八戒はその、硬く張りのある真っ直ぐな紅い髪に、白く長い指を伸ばし、絡みつけるように弄びつつ、囁くように伝える。
「・・・・僕、好きです。 ・・・この髪。」
「・・・・・・・ん?」
未だ整いきらない息の元、悟浄が返事を返す。 翠の瞳が見える位置まで、体を起こした。
「綺麗な、紅。 ・・・・この」
そう、言いさして、八戒は指を今度は目元に添えた。
「・・・この瞳も好きです。」
「・・・・・・・ん。」
悟浄の頬に掛かる白い手に、褐色の骨ばった手が重なった。
はにかんだ様に潤む翠眼に、紅の瞳は吸い寄せられる。
―――うん、こいつがイイって言うんなら。
―――この髪と眼もイイかも。
―――そんな風に、思えるかも。
「悟浄?」
「・・・ん?」
「・・・・どうしたんですか? ・・・・・僕、何かヘンな事、言いました?」
「え?」
褐色の手ごと移動して、白い指が頬に伝わる雫を優しくぬぐう。
「何を泣いているんです?」
―――泣いてる? 俺が? ・・・・・・・ナンで?
自覚した途端、涙腺が壊れた。
悟浄は、白い手をつかんだまま、まるで悪事を暴かれた罪人の様な性急さで、再び枕に顔を埋めた。
言葉も、呻きさえ発する事無く、ひたすら枕が濡れるまま、静かに、静かに悟浄は泣いた。
「悟浄・・・・・・」
八戒の、自由な方の片腕が、紅い髪ごしに背に回され、赤子をあやすように優しく撫でる。
未だ解放されていない手が、痛い程の強さで握られていた。 こらえきれずに時折、痙攣のように背が僅かに上下する。
その力と動きだけが、八戒に恋人の涙を感じさせた。
こんな風に泣く人なのかと胸が熱くなり、背に回した腕には知らず力がこもる。
誰の眼にも触れぬまま、それは留まる事を知らぬように流れ続けた。
何の涙なのか、本人にも釈然としないまま。
・・・・・・・それは、安堵の涙だったのかもしれない。
―――悟浄の涙を見た事のある人なんて、きっと、そう何人も居ない。
―――でも、僕の前で(っていうか、腕の中で?)彼は、泣いてくれた。
―――それだけで、充分です。
いつしか涙の治まった悟浄は、照れ隠しなのか、髪を顔の前に垂らす様にしたまま、タバコをふかし続けている。
暖かい沈黙の中、彼の温もりを今までに無く身近に感じながら、八戒が呟くように言った。
「・・・・・・不思議ですねえ。」
「・・・ナニが?」
「だって、僕と悟浄って、正反対じゃないですか。」
「そぉーかぁ?」
「そおですよ。 ・・・だって、悟浄は大人で、僕は世間知らずで。」
「はん?」
―――瞳の色だって、悟浄は暖炉の熾き火の様な深い赤、僕は明るい翠。 ・・・・“補色” 正反対の色だ。
「僕、実は結構、腹黒いんですけど、悟浄って見た目と違って良い人じゃないですか。」
「どーゆーイミかな? 八戒チャン?」
悟浄のセリフは無視され、夢見るような口調で、八戒は続ける。
「悟浄は色黒で僕は色白で・・・・・・悟浄は筋肉質、僕はひょろひょろ・・・」
「おめーがアタマ良くて知性派、俺がバカで肉体派ってか? ・・・・ったく!ナニ言ってんだろ、このヒト。」
「・・・・・・はい?」
照れた様な、不貞腐れた様な口ぶりで、
「ばぁーか。 俺とお前はオンナジだよ。 正反対なんかじゃねー。」
低く、悟浄は言った。
「でも・・・・」
「だってこの眼が・・・・この髪が、血の色に、見えたんだろ? 今はともかく、はじめはサ?」
「・・・・・・」
髪で顔を隠したまま、タバコをふかしつつ、悟浄は続ける。
「根っこんトコが、オンナジ、なんだよ。 そんなコト言ったヤツ、お前だけだぜ?」
「・・・・・・・・え?」
―――あれ? そうなんだ。
―――なんだ、そうだったんだ。
―――なあんだ。
くすくすと、笑いを漏らし始めた八戒に、気味の悪いものでも見るような視線を送る悟浄。
その眼は、虹彩以外も赤くなったままだ。
「悟浄、鼻のアタマも、真っ赤ですよ。」
「・・・・・! この! 笑ってんじゃねぇ!」
笑いを治めぬままに、八戒は悟浄の背に、再び腕を回した。
「大好きですよ、悟浄。」
「・・・・・うん。」
お互いの背に回した腕に、力がこもる。
夜は、更に深さを増した。
END
ああ、長い・・・・。
最後まで読んで下さって、ありがとうございます。
“補色”から始まった、イタイ頃の二人のお話は、これで完結です。
この頃はかわいいけど、書いてるほうが恥ずかしくなりますんで、キツイ部分もあったりして。
今回は、色々と詰め込みすぎてしまって、構成に苦労した割には、まとまり無くなってしまった。
反省しきりです。
(でも、これ以上は、・・・・限界です・・・。 ああ、ヘタレな私。)
今度からは、もうちょっと大人の二人を書きたい。
・・・・と、思っています。 ・・・思うだけは自由だしィ・・・みたいな。
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