『労働条件』2004.08.27

 

「えっ! 今日もダメ?」

「・・・・・・・・・悟浄・・・・・・・」

そんな、あからさまにガッカリした顔をされても、僕だって困る。

 と、八戒は苦笑を返す。

 

 何せこの二人、つい先週付き合い始めたばかり。

触れ合っても、抱き合っても、

「もっと近くなりたい・・・・」

と、云う、所謂 “一番ヤリたい時期” である。

 まして、悟浄に至っては、元々あまり一人寝に甘んじるタイプではない。

そこに持ってきて、“初めて見つけた真実の愛”と、ばかりに盛り上がりまくっている最愛の“彼”が、一つ屋根の下に居て、朝昼夜、関係なくいつでも臨戦態勢にあるという、これも所謂“サル状態”。

 それが、ここ二日ばかり、おあずけを喰らったが為に、思わずこぼれたココロのサケビである事は、八戒にも解った。

 

Working Conditions

― 労働条件 ―

 

 

そもそも、お互い定職を持たず、思うさま自由な時間を使える二人に、変化が訪れたのは三日前の事だ。

 三蔵からの呼び出しを受けて、彼の執務室に赴いた八戒は、仕事の依頼を受けたのだが、無論、俺様な三蔵が「頼む」などと言う訳も無く、八戒はなし崩しに毎日執務室に通う沙汰となってしまった。――――つまり、

 ドアをノックして執務室に入ると、いきなり三蔵はこう言ったのだ。

「貴様、どうせ暇だろう。バイトさせてやるから感謝しろ。」

「は?・・・・・・三蔵?」

「どうも忙しくてかなわん。 持僧どもは世俗が分かってなくて使えねえし、あらゆる判断が俺の元に持ち込まれて、肝心の作業が進まんのだ。 何よりあいつらが居ると、タバコを吸いながら仕事する訳にいかんから困る。」

「はあ。」

「取り敢えず、書庫に行って、これだけ資料を揃えて持って来い。場所は持僧に聞け。そこらに居る筈だ。」

「・・・・・・・・・・・。」

「何をしている。早く行け。」

・・・・・・・否も応も無いのであった。

以前、八戒が寺に居た時期に、ちょっと事務処理をやらせた所、字はきれいだし、仕事が速い。必要な事以外は、口を出さないので、精神安定に良い。 何より苛ついて書きなぐった悪筆を完璧に読みこなすのが重宝だ。

(これは、使える。)

と、思っていたのを、この忙しさで唐突に思い出したらしい。

 以来、八戒は朝八時から夜は十時頃まで、ハードな労働環境の下、笑顔を絶やさず、殆んど秘書の様な仕事をこなして来たのである。

 確かに、三蔵は仕事の出来る人なのだろう。

八戒が手伝うようになってから知っているだけでも、机の上の処理済の書類入れの山が見る見る高くなる様は一種見ものですらある。

 片目で書類を一瞥、片目で持僧を威嚇し、片手で判を押して、片手で報告書を仕上げる・・・・・・と言う位の八面六臂的な活動を、あの執務室の机上で繰り広げる訳で、そこから繰り出される指示も支離滅裂の様相を帯びる。 山のように持ち込まれる陳情や決済を、瞬時に判断して処理を施す三蔵に、僅かな余裕も見出せず、「帰りたい。」が、言い出せない八戒こそ哀れ。

 なにせ、慣れない環境であるだけで、充分気疲れする所を、三蔵が灰皿だコーヒーだと雑用を言い渡す。 加えて、時に銃弾の飛ぶ執務室に、喜んで近付く持僧も居らず、屈託無く出入りする八戒に、三蔵への伝言や書類を押し付けて逃げ去る始末。

故に八戒は、走り回り、処理済の書類を各方面へ分配し、未処理の陳情を持僧から受けてしまって、三蔵に罵倒され、と、散々な一日を過ごさざるを得ない。

 夜も更け、三蔵自身の生理的欲求(これが、常人より薄いのが最も大きな問題なのだが。)によって、本日の仕事は終わりとばかり、目を上げた処にぼろぼろの体の八戒が映ってはじめて、三蔵は告げる。

「なんだ、まだ居たのか。帰っていいぞ。 明日は八時までに来い。」

と、言われて帰宅するも、町外れにある悟浄の家は、寺から見ると町の正反対に当り、徒歩で帰宅すると小1時間もかかる。 家につく頃はもう、くたくたもイイとこなのである。

 その為、帰宅した八戒は、バタンキュー(死語)状態で、悟浄の介入をハッキリと拒む施錠の音に、頭を垂れて甘んじる赤髪の若者の限界は、卑近に迫っている。

つい先日、恋人同士になった二人の事情を知る由も無く、無慈悲な下命を下した三蔵を恨むのはお門違い、と、解ってはいても。

 今朝方、あからさまにがっかりした、赤い髪の恋人を想い、ため息を漏らす八戒であった。

 

「くそ! あの、鬼畜生臭ボーズ!」

 蹴り上げた足が棚の角に当たって、足の小指を痛めた悟浄は、憤懣やるかた無い憤りを抑えきれずに居た。 

 八戒が仕事をしたがって居たのは気付いていたし、何がしかの収入を得られる様になれば、これは名実ともに胸張って同居人として世間に通る。

世評など、悟浄は知ったこっちゃ無かったが、八戒がそうなる事を望んでいたのは知っていた。

けれど。

「極端なんだよ! こんなに忙しくなるなんて、聞いてねぇ!」

 もとより、誰も悟浄に報告などしていないのであるが、世に言う、“恋は盲目”状態の悟浄、そんな道理も引っ込む位、無理矢理な心境になっている。

(人の恋路を邪魔する奴は、象に踏まれて死んじまえ!)

 聞いたことがあるような無いような諺を呟きつつ、金髪紫眼を持つ敵ボスキャラの牙城へと赴くのであった。

 

 さて、件の八戒は、やっと僅かな落ち着きを見せた執務室で、判を持つ手に湯飲みを持ち替えて茶をすすりだした雇い主に、おずおずと切り出す。

「あの、三蔵?」

「何だ。」

「僕の、労働条件の事ですけど。・・・・・・・・何も聞いてないんですが、どうなってるんですか?」

「ん?・・・・・・そうだったか? そうか、悪かったな。 お前の働きなら、相当渡してやれる。 喜べ。」

「お給料の事も、そうなんですが、時間とかも聞いて無くって。」

「時間?」

「朝は、八時からとは毎日聞いてるんですが、夜は何時までとお考えですか?」

「六時だ。」

「・・・・・・・・・・は?」

「六時までで良い。 時間になったら、断らなくても良いから帰れ。 ・・・・・・・・・ん? そう云えばお前、昨日もずいぶん遅くまで居たな。 何故だ?」

「何故って・・・・・・・・!」

 

 驚くべきスピードでラスボスの部屋の前に到達した赤髪紅眼の若者は、ドアを開けて怒鳴り込もうとした刹那、聞き覚えの有る怒声を聞いた。

「貴方が何も言わないから、僕には何も解りませんよ! 大体、初日からしておかしいでしょう! 僕はただ来るようにと言われただけで、何をするかも聞いてませんでしたし! いきなり『バイトさせてやるから感謝しろ』って、言ったんですよ、あなたは!」

湯飲みを手に、呆けたツラを晒す最高僧には、言葉も無い。

「六時までで良いなら、そう言ってくれなければこちらには伝わりません! この仕事自体、いつまで通えば良いのかも僕は聞かされてませんからね? これからもずっと勤めるという事でしたら、こちらにも言いたい事はありますし、労働条件の申し合わせもキチンとして頂かなくては困ります! 短期のバイトと言う事なら、いつまでかキチンと期間を決めてください! では、今日は昨日と一昨日の残業分を差し引かせてもらって、帰りますから! 明日は八時に来ます!」

 帰ろうと身を翻した八戒は、そこに笑いを湛えた赤い瞳を見つけ、足を踏み出し損ねた。

「悟浄、・・・・・・・・・貴様、何しに来やがった。」

拙い所を拙い奴に見られたとばかり、紫眼に怒りを閃かせて、低い声を出した三蔵に、

「いんや、ちょっと、オムカエに、さ。」

 自分の言うべき所は無いと判断した悟浄が、笑いを滲ませた声で答える。

「・・・・・・・・・悟浄、聞いてたんですか?」

「相変わらず、お前、怒ると怖えーのな?」

 近寄ると、八戒の方に手を回して、耳元で囁く。

「何を言うんですか。 人聞きの悪い。」

 僅かに頬を染めて返す八戒の姿を見咎めて、三蔵は問う。

「何だ、お前ら?」

「・・・・・・・っつー、ワケだから、帰るわ。 んじゃね、サンゾー様。」

部屋を去ってゆく二人に、不可思議な物でも見るような視線を投げつつ、

「残業分を差し引くなら、明日は昼からで良いぞ。」

・・・・・・と、三蔵は呟いた。

「それで大体計算が合うだろう。」

「貴方って人は・・・・・・・・・! 気付いてないフリをして、実は分かってたんですか? 残業時間。」

「知らん。 俺は六時までと伝えた心算だっただけだ。」

「言い訳にしても、誠意ってのが足りなかねーか?」

 声に険を含ませて悟浄が言うと、立場を守るのに懸命な最高僧は、さりげなく銃口を二人に向けた。

「喧しい! とっとと帰りやがれ!」

 

 慌てて寺を飛び出した、出来立てホヤホヤの恋人たちは、たっぷりと与えられた自由時間を有効に消費すべく、金髪の雇い主をコキおろしながら家路を急ぐのであった。

 

 

END

 

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“イタイ二人シリーズ”・・・・・・ギャグの積もりなんですけど。

鼻で哂って頂ければ、嬉しい。

悟空は、どこだ?

 

・・・八戒の台詞にチカラが籠もってしまったのは何故だろう。

 
 




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