『補色 The Green Side 2』2004.08.26

 



こんな、キレやすい奴だなんて、思ってなかった。

知ってたら、あんな、ケンカ売るよーな事、言わなかった!

畜生!

・・・・・・・・・どしゃ降りの雨の中、やっと見つけた八戒は、正気を失っていた。

 

補色

The Green Side

〜 2 〜

 

「―――ナニやってんだよ! この馬鹿! お前、雨、嫌いなくせに!」

「 ・・・・・・・・・コロ・シ・タ・・・・・・・・・

 人の口から出たとは思えないほど虚ろな響き。 鳥肌がたつ。

「ナニ言って―――!」

やべえ、まともじゃ無くなってる。

虚ろな瞳。 翠色が深くなって、―――ずぶ濡れで、雨なんだか涙なんだか分かんねえ

雨は全然勢いを緩めない。 もう、俺、パンツまでぐっしょり。

八戒はガタガタ震え始めた。 闇に白く浮かぶ頬も、手も、氷のように冷たい。 とにかく、あっためなきゃ! とりあえず、 抱き上げて家へ向かう。

「 僕の 生徒 」

 腕の中でうわ言みたいに。 弱々しい声。

――張り詰めてたんだ、こいつ。 ずっと、一人で。

・・・なのに、いつもヘラヘラ笑いやがって、この馬鹿! わかりにくいんだよ!

「・・・・・・××××・・・・・・・・・・・ 」

 意味不明の言葉が漏れ始めた。

「―――勘弁してくれよ、おい!」

「・・・・・・・ぁっっっ―――うわああああ!

八戒の、あの口から出たとは思えねぇ、ケモノじみた叫び声が辺りに響く。

大きく見開かれた翠の瞳が宙を見つめて恐怖している。 ゾッとして、鳥肌が立った。

「どっか、行っちまうんじゃねぇの?! ・・・頼むよ!」

家に着き、ドアを閉める。 雨音が遠のく。

冷たい雨から逃れて、ひとまず安心。 って、それどこじゃねぇ! 

こいつ、 ―――体が硬直して来てやがる。 やばい、どうしたら良い?

ああああああああっ!

「俺が悪かったから! 八戒、帰って来いよ!」 

―――頼むよ、もう・・・!

 

俺、誓って言うけど、そんな気持ち、これっぽっちも無かったんだ。 ただ、あの声を聞きたくなくて。

・・・・・・習性ってヤツ? ただ口を塞ぐだけって、出来なかったって言うか。 両手、塞がってたし。

で、気が付いたら思いっきりディープに、八戒に、KISSしてた。

喉の奥から搾り出されていた叫びは、少しずつ収まり、大きく見開かれていた翠の瞳がゆっくりと閉じる。

そのまま急いで服を脱がそうとしたけど、濡れてて脱がせ難い。

離れたら、またケモノみたいな声で叫ぶんじゃないか、と思うと怖かったけど、恐る恐る、唇を解放した。

なんか、・・・・わかんねーけど、体の硬直は治まったみてえ。

大丈夫、息は荒いけど呼吸してるし、叫びそうな様子も無い。 ベッドに寝せると、走ってタオルを取って来た。

とにかく、芯まで冷え切ってるから、早く体を乾かさねーと・・・!

下着までビッショリだったから、全部脱がせてタオルで全身包む。 タオルごと、抱きしめた。

震えてる。 あっためなきゃ! どうしたら、いい?

「帰って来いよ、 頼むから!」

ただひたすら、抱きしめていた。 時間なんか、分かんねーけど、随分そうしていた。 腕や背中をタオルの上から擦りながら。 少しでも、あっためなきゃ!

・・・・・・・・・・・・って、気付いた。 髪が濡れたままじゃん! 気付くの遅すぎ! ナニやってんだよ、俺!

 八戒の髪を拭いていると、苦しそうに閉じられていた瞳が薄く、開いた。

 水滴が青白い頬に落ちる。 眉をしかめ、僅かに覗いていた翠色がまた隠れた。 ――あ、そうか、俺が濡れてんだ。 

 慌てて自分も服を脱ぐ。 八戒を包んだタオルを乾いたものと取り替え、湿ったタオルを自分が使う。

 髪を拭いてると、視線を感じた。 目をやると翠色が涙にまみれてこっちを見てた。 俺を、見てた。

 近寄って、ベッドに腰を落とす。 

「しっかりしろよ!」

八戒は、フシギそうな顔で俺を見る。 俺の目を真っ直ぐ見てる。

たまらず、タオルごと抱きしめた。 こいつ、まだ震えてる。

ナンカ、可哀相で。 ナントカしてやりたくて・・・・・・半開きの八戒の唇を塞いだ。 

「・・・・ン・・・・・んぅ・・・・・・・・・」

ため息みたいな吐息。

―――この時、俺、ナンカが飛んじまった。

唇を耳に移動。 耳朶に息を吹きかけ、そこから首筋に舌を這わす。 鎖骨から肩口へゆっくりと、丁寧に舐め上げる。

「・・・・・・・・・ぁ・・・・・・ぁ・・・」

声にならない息を漏らし、八戒が身じろぎする。  

 

―――ここら辺から、実はあんまり覚えてねえ。

男とスルのが好きな奴も仲間内に居たから、話だけは聞いてて、それを必死に思い出そうとしたり、八戒が結構、敏感で、探るツボがどんどん嵌まるから逆に焦っちまったり。

肌の下の筋肉の動きにめちゃめちゃソソられて、体中に夢中で舌を這わせた。

冷え切っていた体が徐々に熱を持ち始め、白い肌が紅潮し、やがて汗ばみ・・・・・・。

―――そんな事にいちいちドキドキして。

笑っちゃうぜエ。 まるでチェリーボーイ。 ・・・・・・でも、マジだった。

今までに無いくらい、最高マジなエッチしてた。

 

無我夢中で八戒の中に果てた後、まだ赤みが消えきらない頬のまま、安らかと言って良い寝息を立て始めたこいつの顔を見ながら、始めて思った。

 

・・・・・・・・・どうしよう・・・・・・・・・

 

 

 

八戒が目覚めたのは、もう、昼時だった。

俺はヤツの顔を見てた。 ってゆーか、・・・・・・見とれてた・・・・・・かも。

そっと頬に手を寄せる。 ――と、ふわっと開いた翠色に見つめられた。

(ドキン)として、思わず手を引く。

すると瞳は伏せられ、俺はちょっとホッとした。

「―――はっかい?」

「あぁ・・・・・・・。 おはようございます。」

ちょっと寝惚けた風の柔らかい声。 (ドキン ・ ドキン ・ ドキン)

また、俺を見つめてる。

「・・・・・・あの―――、さ。」

「はい?」

「その・・・・・・・・・ゆうべの、事・・・・・・・・な、」

「はい。」

―――! なんか、ニッコリ笑ってねぇ? それも爽やか系のイイ笑顔!

・・・・・・もしかして、覚えてない? そうだよな、こいつだって正気じゃなかったんだから。

「いや、あの、・・・・・・・・・・・覚えてる?」

「・・・・・・・・・・うーん。 いや、結構、記憶飛んじゃってますねえ・・・・・・・・・・・・。」

「・・・・・・・・あ。・・・・・・・・・そう。」

ちょっと拍子抜け。 でもホッとしてたりして。

「でも、あらましは覚えてますよ? 気がついたらキスされてて、頭まっ白になっちゃった事とか。」

―――悪魔?

「僕の名前をずっと何回も呼んでくれた事とか。」

―――俺の方が覚えてねぇよ。

「野郎をベッドに運ぶのは一度きりって言ってたのに、運んでくれたんですねえ。 それから・・・・・・・・」

「わあー! もういい! 言わなくていい!」

肩で息する俺を嫣然として見つめながら、八戒は言った。

「・・・・・・それで?」

「・・・で・・・・・・・って!?

 情けないけど俺、声ひっくり返ってたと思う。

「悟浄が聞いたんですよ? 覚えてるかって。 ・・・だから、答えたじゃないですか?」

「―――あぁ、そう、―――そう、ね。」

 俺、もう、脱力状態。 なんなんだよ、このギャップは。

 いきなり、八戒はクスクスと、笑い出した。 ちょっと赤くなって、すんげぇキレイな笑顔だ。

 ややボーゼン気味に見てる俺。

「・・・・・・・・・・ありがとう」

「へ?」

「・・・・・・・こんなにぐっすりと眠れたのは、本当に久し振りです。」

―――わかんねーけど、・・・・・・結果オーライって、事?

ぐったりとベッドの上に身を投げ出しつつ、俺は言った。

「けっこう、イイ性格してんのね。 八戒って。」

「・・・・・・・それ、褒めてくれてるんですよね?」

「うん、イイよ、それで、もお 」

俺はすっかり降参モード。

チラッと目をやると、こっちをちゃんと見てる翠色。 ナンカ、綺麗な顔してるぜ?

俺、真っ直ぐ見詰め返してた。 (ドキン) と、ひとつ、心臓が鳴った音が聞こえた。 ・・・様な気がした。

目を離すのが惜しいくらい、キレイだったんだ。 この時の八戒。 なんか、ドキドキしてきちまって、俺。

すごく自然に、近づいた。 間近で見たかったのかも知れない。

「悟浄?」

「俺で良けりゃさ、いつでも睡眠注射、打っちゃうから。 要る時、言って。」

優しく、くちづけ。

おお、シラフで初めてじゃん。 もう、俺バクバク状態。

ちょっと赤らんで、無言の八戒。 うーん、可愛いかも。

・・・・・・って、え?

―――やっべえ、俺。

・・・マジ?

――うわ、もっとドキドキして来た。

「・・・・・・悟浄?」

「んっ!?

 焦りを抑え、平静を装いつつ、返事する俺。 八戒は妙に穏やかな笑顔で、目を伏せながら言った。

「別に、大丈夫ですから。 僕は。」

「は?」

「分かってますよ? ハズミみたいな物だったんでしょう? 悟浄が、綺麗なお姉さんを好きなの、知ってますし。 そんな困らなくて良いですよ。」

ナニ言っちゃってるワケ? こいつ。

「僕も忘れますし、無かった事って云うのも変ですけど、今まで通りに・・・・・・・」

「ちょっと待った!」

思わず手を八戒の口に当てようとして、ガマン、する。 目の前にパーを出したカッコになっちまった。 ダサ!

でも、・・・・・・・・・マジで? 俺の知ってる、今までのパターンだと、“ 忘れて ”は、“ 忘れないで ”なんだよ?

「はい?」

「忘れるって? 昨夜(ゆうべ)の事? なんで?」

「・・・なんでって・・・・・・ 僕なんかと―――」

「ナニ、俺、忘れないと、ダメ?」

「・・・・・・・・だって、迷惑でしょう?」

俺、最高ドキドキしてたかも。 ・・・・・・・・・“ 迷惑掛けない ”は、“ 迷惑掛けたい ”だよ?

「うん! よぉし、わかった!」

ここからちょっと、目ぇ見て話せそうに無かったから、俺、八戒に軽くヘッドロック掛けてベッドに伏せさせた。

「まずひとつ、ハッキリさせようぜ! もう、出てく、なんて言わない?」

「あ・・・・・・はい。」

「絶対? ナニがあっても、言わない?」

「はい。」

うん、しっかりハイって言ったよな? よし。

「オーケー、んじゃ次。 ・・・・・・俺の事、キライ?」

「嫌いだなんて!」

「んじゃ、好き?」

 八戒が、俺を見た。 すごい間近で見詰め合っちまった。 翠の瞳に戸惑いが見える。

「・・・・・・・・・・ナンカ、よくワカンネーけどさ。」

 俺を、見てる。 表情は、動かない。

「ナンカさ、・・・・俺、さ。」

 もう、心臓バクバク。 ええい、言っちまえ!

「俺、お前に惚れてるみたい。」

「! 冗談・・・・・・・・!」

「じゃ、ねぇよ。」

 もう、いっぱいイッパイ。 八戒を抱きしめた。 暖かい。

「俺、あんなにマジなエッチ、初めてだったもん。 ・・・・ホントに好きな奴とスルのが、一番イイって言ってた奴、居たけど。 あれ、ホントな。」

 腕に力が入る。

「すっげヨかった。 八戒。」

 八戒の体、緊張してるみたい。

「・・・・なんなら、これからまたスル? お前、自覚ないだろーけど、超ヤバイから。 俺、今すぐデキルぜ?」

「馬鹿な事を・・・・・・・!」

 まともじゃねぇ状態の俺、速攻、プチッと、キレた。

 八戒から離れて、ベッドから立ち上がり、背を向けた。 もう、八戒のカオ、見られねー。 

「バカって、なんだよ! 俺、生まれて初めて告ってんのに! すんげえ緊張してんのに!」

 ――ゴメンナサイ、だよな。 そりゃ、そーだ。 ナニ、早とちりして突っ走ってんだよ、俺!

俺だって、八戒以外の男に言われたらそう言う。 ケリぐらい入れるかもしんねぇ。

 でもこいつ、中途半端に優しいから、“オトモダチとして”ってヤツ? 言い出しそう。 ・・・・・うわ、最悪。

 あー、もう、ダメならダメで、ハッキリしてくれ!

 沈黙に焦れて、八戒に背を向けたまま俺は聞いた。

「お前、ナンにも言わねー気?」

「いや・・・・・・」

「お前がNGだってんなら、俺、諦めるし。 別に出てかなくてイイから、安心して・・・・・」

「そんな意味じゃ・・・・・・」

「ん?」

「諦めるとか・・・・・・言わないで下さい・・・・・・・」

 振り返ると、八戒がまっすぐ俺を見てる。 マジな目。

「どーゆーこと?」

 やべー、心臓、破裂しそう。 やっぱり、顔、見られねー。

 思いっきり、床、凝視。 こんなチカラ入れて床見たの、初めてかもってくらい。

「僕も・・・・・・・・」

「うん。」

 息するの、苦しい。

「僕も多分・・・・・・・・・・」

「うん。」

声を出すのが、やっと。

「好き。」

うそ―――! 俺、八戒を抱きしめてた。 抱きしめて、イイんだよな?

「うん、いいよ多分で。・・・・・・・今は。」

体を離した。 俺を見つめる翠の双眸。 八戒の手を取って、俺の心臓の上に当てた。

「ホラ・・・・・・・・・。 すんげえ、ドキドキしてるっしょ?」

 ぽおっとした、顔。 ナンだ、こいつも赤くなってんじゃん。

「俺、マジだから。」

「・・・・・・・。」

 

窓の外。 昨夜の雷雨が嘘のように、晴れ渡った空を背景に、木漏れ日がキラキラと光っている。

ひときわ姿の良い一本の木の葉影に、赤い木の実が見え隠れしていた。

 

END

 

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暮らし始めて三ヶ月位。 1920くらいの頃の、若造な二人の、ちょっとイタイ感じを書きたかったのです。

これ、三年後に本人が思い出したら死にたくなるでしょうね〜(笑)

八戒バージョンを先に書いたのですが、暗くて重くて、しかも裏っぽい

・・・と、いう三重苦状態になってしまって(苦笑)

悟浄で書いてみたら、ちょっと軽くなったと思います。 セイシュンって、感じで。 ありかな?と。

でも、やっぱり悟浄って18禁男(^_^;

 

良ければ、八戒サイドも読んでやって下さい。 (暗くて重いんですけど。)

 
 




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