『補色 The Green Side 1 』2004.08.26

 



白い、肌目(きめ)細かな薄皮一枚の下に、緊張する筋肉の動きが読める。

指の動きに反応して、時に痙攣し、弛緩し・・・。

さっきより少し紅潮した肌の色は、うめく様に抑えた吐息と共に俺を煽った。

何を見るでもなく宙に向けられ、僅かに覗く翠の視線は、俺を拒絶する様にも見え、それが俺のアタマに血を昇らせる。

 

うん、女なら結構、数こなしてる。 そいつのツボを探ってイカせるなんざ、お手の物。

女に惚れた事なんか今までねエし、だからいつもクールな悟浄サマでいられたってぇワケで、それがイイって言う女も沢山居るさ。 ・・・・・・今も俺はツボを探りながら、

(こいつ、結構敏感)

・・・・・・なんてことを思ってたりする。 と、同時に無我夢中の俺もいる。

(―――どうかしてるぜ?)

何で俺、今こんなに欲情しちまってんのか分かんねエ。

(どーゆー事だよ?)

俺、今、多分、全っ然、冷静じゃねエ。

 

やられちまったみてぇ。 翠の瞳の野郎に。

 

補色

The Green Side

〜 1 〜

 

 八戒が俺んちに越して来たのは、三ヶ月ほど前の事だ。

「うわあ、凄いですねえ! 木漏れ日がこんなに綺麗に!」

家に来た時、まず言った言葉がそれだった。

「ナニ言ってんの? こないだまでここに居たくせに。」

「だって、前に居た時は殆んど家から出てませんもの。 大抵寝てましたしね。 外に出るのも夜になってからだったでしょう? こんなに綺麗な森の中に居たなんて、知りませんでした。」

「はん?」

結構長くここには住んでるけど、木漏れ日なんてサ。 ・・・気付かなかった。

「良い家ですね、悟浄。」

まあ、確かに。

 特にこの季節は木立を抜ける風も心地良いし、周りに余計なモノが無い所も気に入ってる。 狭いしボロイけど、愛しの我が家ってヤツ?

「お気に召して頂いたようで。」

「はい。」

 

家に入って、奴はおもむろに掃除を始めた。

「前に居た時も気になってたんですけど・・・」

あの時は体がきかないんで、無理やり見ないフリをしてたんだってサ!

「住まわせてもらうんですから、当然ですよ。」

・・・か、なんか言いながら、一週間ほどで俺の家を新婚家庭みたいにしちまった。 毎日パリッとしたシーツで寝て、三度さんど家でメシが出る。 (・・・・・・ありえねぇだろ?)

 俺も、何故か朝帰りが少なくなったりして。 (・・・・・・ますます、ありえねぇ。)

 

・・・・・・・・気、使ってたんだよね。最初は。

 折角、料理作って待ってる奴が居るのに、外で食って来たら悪いかな、とか。

(だって一度、こいつ食卓で寝てた事あったんだぜ?)

 そんで、もう一つ。

 こいつ、毎晩うなされてる。

 言ってることがハッキリ分かる訳じゃねぇけど、取り敢えず隣の部屋で聞こえる音量で、叫んでる。

自慢じゃねーが爆睡型! の、俺が起きる位だから、声を出した本人が熟睡してるとは考えられねー。

寝なきゃ、疲れるだろ? フツー?

・・・でも朝になると、平気なフリして朝メシ食わしてくれる。(まあ、俺の起きる時間が遅いってのもあるけど)

 ニコニコしてさ。 家の前の木立にロープをかけて作った物干し場で、嬉しそーに洗濯物干したりしながら。 元気なフリして。 バレバレなのよねー。

ま、別にイイんだけどさ。

とにかく、こいつが無理してんのに、こっちも今まで通りってワケにいかね―よな、とかサ。

考えちゃうじゃない。

 

そんなワケでとにかく、俺の精神安定の為にもぐっすり寝てもらおう! って事で。

俺はこいつ、酔わして寝かせちゃえ! と思ったんだけど、気付いたら潰れてんのは俺の方だったりするし。

 体動かして疲れれば!とも思って、一日山ン中歩き回らしてみたりもしたけど、やっぱり夜うなされてるし。

変ってねぇんだ、こいつ。 拾ってきたばかりの頃と。

 あの時期はこいつ多分、死ぬ事しか考えてなかった。 死なせるもんか! とも思ったけど、だって。

・・・こいつの人生だろ?

―――俺に何が言える?

 名前が変わろうが、ニコニコしてようが、中身は全っ然、変わってねエ。 翠の瞳はいつも、どっか遠いトコばっか見てる。

 付き合ってられっか?

 

 もう、面倒くさくなってきちまって。 俺、なにげに以前の生活に戻ったの。 

昼まで寝て、シャワー浴びて、コーヒーだけ飲んでまったりしたら、軽―くナンカ食って夕方にお出かけ。 

夕食は結構外で食ったし、朝帰りもした。 キレーなおねーさんと、しっぽりってのもフツーにあったし。

別に無視とか、そういうワケじゃねーぜ? ただ、俺は俺で自分のペースを取り戻したって云うかサ。 そんなカンジ。

いや、食事とか掃除とかは単純にカンシャしてるしね?

 八戒も別に、マイペースってカンジだったし、俺ら気楽な同居人〜〜〜ってなもんで。

 お互い干渉し過ぎない、適正なカンケイっての? そういうのが出来たと思ってた。

 ・・・それでイイと思ってた。 いや、思い込もうとしてたんだな。

 

そんなこんなで。

今日、俺、家に居たの。 大雨降ってたから、外出るの億劫でさ。

 八戒が、珍しく言い出した。

「悟浄、今夜は一緒にお酒呑みませんか?」

前に一回呑み負けてるから、こっちからそう言った事って無かったんだけど、そういう話ならOKでしょう!

なんてことない、どーでもイイ話をしながら、結構盛り上がったりして。

八戒手作りのつまみも美味しくて、俺、かなりイイ気分になっちまってさ。

気が大きくなったっての?

『付き合ってられっか、ほっとこう!』って、決めてたのに。

俺、言っちまってた。

 

「お前さ、ちゃんと寝てる?」

「え? 何の事です?」

すっとぼけたカオ。 ニッコリしてるけど笑ってない。

「・・・気付いてないと思ってた?」

「嫌だなあ。 悟浄、からみ酒ですか?」

笑顔の、眉根がちょっと寄ってる。 シラきる気か? 俺、少−しばかり声低ーくなってたかも。

「とぼけんなよォ、てめー。 毎晩うなされてやがんだろォがよ。 バレバレだっちゅーの(死語)」

「・・・・・・悟浄・・・・・・」

翠の瞳が俺を真っ直ぐ見てる。 すんごい久し振りに。 最近、無視されてるような気がしてたから俺、なんか嬉しくなっちまってサ。 酒も入ってるし、テンション上がる上がる。

「俺が思うにだなァ、眠れない夜は、キレーなおねーさんに添い寝してもらうのがイチバンだって事だよ! 八戒クン! モロモロ忘れて一時の安らぎを・・・ってヤツ!」

「・・・・・・あはは、悟浄、酔っ払うとオヤジくさいですねえ。」

「俺はマジで言ってんだけど?」

「マジでって、何をですか?」

「女だよ、オンナ! ってか、お前、オンナ何人知ってんの?」

「何ですか、自慢? はいはい、確かに僕は悟浄には敵いませんよ。」

 飽くまで、笑顔ってか? なんか、ムカツク。

「―――じゃなくて、お前だよ! 八戒に聞いてんの!」

「そんな事、悟浄に関係ないじゃないですか。」

「・・・・・・てめーはよ、素材イイんだから、ニッコリ笑って “ヨロシクね” って言やぁ、ヨリドリミドリだろうぜ? ココロの入ってない笑顔はお前、お得意なんじゃねえの?」

 ・・・・・・あ、口、滑ったかも。 八戒、真顔。 極端に無表情。 ナンだよ。 こいつ、これっぽっちも酔ってねーんじゃん。

 ―――会話が無くなると、窓の外の雨音が聞こえてきた。

「僕は、いいですよ。 女性は悟浄にお任せしますから。」

「・・・お前、オンナ、嫌い?」

「そんな事は無いですけど・・・・・・」

「え?・・・ナニ、お前。 ねーちゃんしか知らねーの?」

 地雷、踏んだらしい。

 空気が、ピリッと音たてたみたいに緊張する。

 翠色の槍が俺を突き刺す。 鋭い視線。 ・・・・・・・おっかねー…かも。

「それが?」

睨まれた位で負けて堪るかよ! テンション、更に上がる。

「だぁから、そんなんなっちまうんだよ! いろんなオネーサンとシテみてもいーんじゃねーかって、言ってんだよ、俺は!」

「他人の事、ほおっておいてくれませんか?」、

「ほっとけっかよ! 毎日毎日、デッカイ声で夜中に叩き起こされてんだよ、こっちは! エラそーに言うんなら、うなされてねーで熟睡してみやがれ!」

八戒はワザトラシイため息をついた。 どっかの劇団員みたいな、肩まで動かすようなヤツ。

ちょっと首を横に振ったりして、オーバーアクションもイイとこ。 目は少し伏せられたが、滲み出る空気が怒ったままだ。 

「・・・・・・分かりました。 ご迷惑をお掛けしてたみたいで済みません。 僕、出て行きますから・・・」

「って、 ナニ言ってんだよ!」

「今夜から、安眠できますよ、多分。」

八戒は立ち上がって、俺に背を向ける。 ・・・マジかよ? こんなキレやすい奴なんだ?

腕を?んでこっちを向かせた。 でも目はこっちを見ない。

「出てくって、どこ行くんだよ」

「ほおっておいて下さい! もうご迷惑はかけませんから!」

「ダレが迷惑だって言ったよ!?

「離してください、馬鹿力。」

 ―――! 全くの無表情! 憎ったらしいヤツ!

「離さねーよ。 離したらてめー、出てくんだろ。」

「いつまでもこうしてるつもりですか?」

 反撃してえ。 口じゃ勝てねぇ。 でも両手ふさがってるし!

 気が付いたら、噛み付くみたいにキスしてた。 速攻、舌噛まれちまった。

「っつ!」 ・・・・・・最悪。

 腕を振り払って、八戒は走り出て行った。 バタン! と、ドアが大きな音を立てる。

「おい!」

 ・・・すげぇ、どしゃ降り。 勢い良く閉めすぎて開いたままのドアから激しい雨音が聞こえて来る。

「――冗談じゃねぇ!」

 追いかけるしか、ねーじゃねーか!

 

 外に出て、八戒を探す。 あっという間にずぶ濡れ。

 俺んちは町外れにあるから、辺りには街灯もろくに無い。 深い茂みや鬱蒼と茂る木立も多く、見通しは聞かない。

 おまけにこの雨だ。 八戒の姿は見当たらなかった。 ちくしょう! 心当たりなんて、ねーぞ!

「くそっ! 八戒!」

小一時間、探し回ったけど、見つからない。 大分前から雷も鳴り出して、森の雰囲気はかなりヤバイ。

 情けねーけど、ちょっと泣きそーになってた。 それでも必死であいつの姿を探す。

 閃光が走った。 ――と、木立の影に白い物がチラッと見えた気がして、一拍おいて鳴り響いた雷鳴を、全身で聞きながら白いモノに駆け寄った。 

(―――頼むよ!)

 ずぶ濡れのまま、頭を抱えるようにして蹲っている人影があった。

「八戒!」

いた! 再びの稲光に全身の輪郭が浮き上がった。

・・・なに? こいつ、震えてる?

「お前、・・・・・・・バカ!」

肩をゆするが、反応が無い。 八戒の顎に手を当て、顔をあげる。 ――焦点が合って無い。 潤んだ翠色。 

――どっかで見たことある。 この、目。

・・・・・・で、唐突に気付いた。 “あの日は大雨だった” ってさ。

 まだこいつの怪我が治りきらない頃。 こいつの名前も知らなかった頃。

 ・・・あの生臭ボーズがここに来る前。

 何故か急に身の上話をし始めた時に言ってた。 俺が見つけたあの日、

どしゃ降りの雨の日が、八戒にとって結構キツイって事。

(・・・・・・で。 この、目・・・・・・。   ズダボロんなって雨ん中転がってた。  俺に “殺してくれ” って言ってた。)

( あの時の目だ。)

 

[ To Be Continued For 補色 The Green Side 〜 2 〜]

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あろうことか、 続きます・・・・・・・。

 
 




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