Keep up with…2 』2005.05.07

 



おっしゃー! ストレートフラッシュ!」

 にんまりしながら卓にカードを置き、残った片手で紅髪をかき上げて、悟浄が言った。 彼と共に卓を囲む残り三人が、悔しそうに声をあげる。

「何だ、またアンタか!」
「勘弁してくれよー。」
「はあ〜、ツイてんなー、旅の兄ちゃん。」
「悪ィねー、今日は俺、カミサマ降りて来てっから。」

 悟浄の対面に座る、麦藁色の髪をした青年が、空色の瞳を悔しそうに歪めて叫んだ。

「くっそー! 次は勝つぞ!」
「お前、そう言い続けて、いくら負けたら気が済むんだよ。」
「そうそう、お前はやめとけって!」
「お前ツイてねぇんだよ、女にゃ逃げられるし。」
「言うなっ!」
「忘れろって、あんな面倒臭ぇ女。」

 ビールに口をつけながら、片眉を上げて悟浄が問う。

「ナニ、そっちのダンナはハートブレイク中なワケ?」

 諌めていた二人が青年を小突き、苦笑いしながら答えた。

「つーか、女が勝手にヤキモチ焼いて出てったんだよ。」
「俺は別に、浮気も何もしてねぇつんだよ!」
「分かった! 分かったから落ち着け!」
「コイツが店の事務の娘と晩飯食ってたんだと。」

 カードを配りながら、眼鏡をかけた三十がらみの男が言うと、砂色の髪を撫で付けつつ、痩せた男がせせら笑って続ける。

「楽し〜くお話ししながらな。」
「だからそれは、仕事のことで相談されたから、飯食いながら話してたダケだって! 俺は何もやましい事は・・・!」
「でもあの女は信じねぇんだろ? 信頼関係作り損なってるお前が悪い。」
「日頃の行いが悪いんじゃねぇ〜?」
「へぇ〜? ダンナ、彼女って、美人?」

 悟浄が問えば、麦藁の髪の青年は、真剣な眼差しで答える。

「すっげー美人だ。」
「ま、確かに。」
「美人ではあるな。 性格はともかく。」

 残る二人も、あっさりと同意する。 どうやら惚れた欲目で目が眩んでいるだけでは無い様だ。
 それを聞いて、にやりと笑いながら悟浄が言った。

「でも美人ってサ、自分以外の女に目が行くだけで許せねーんじゃねぇの?」
「そうだよ! 美人は我侭だ。」
「だから止めとけって、あの女は!」
「・・・でも、好きなんだよ・・・。」
「おい、泣くなって!」
「やべ、お前、飲みすぎだよ!」
「旅の兄ちゃん、悪いな。 今日はお開きだ。」
「オッケー。 ・・・あのさ、青い目のダンナ。」

 儲けた金をポケットに突っ込み、立ち上がりながら、悟浄は低い声を出した。
 麦藁アタマの青年は涙まじりの視線を声の主に向ける。

「なんだよ。」
「や、儲けさせてもらったから、サービス。 美人はサ、イイだけ甘やかしといた方が良いぜぇ?」
「え?」
「んで、たま〜に強引に抱きしめてやんの。 言いたい事はベッドん中で甘〜く言っときゃ間違いねーから。」
「ほぉ〜? 言うね、兄ちゃん。」
「俺もワガママ美人とは深〜く付き合ってンのよ。 ちっとばかし腹ん中デカくしとかなきゃ、だけどな。」
「俺は嫌だね。 女は気立てが良いのが一番だろ。」
「あいつだって、そんな悪い奴じゃないんだよ!」
「ダメだ、コイツ見えてねぇ。」

 クッと笑って、悟浄は、からかう様な口調で付け加えた。

「あと重要なのはさ、青い目のダンナ。 エッチで満足させとくコト。」
「分かった、お前ソコがダメなんだろ!」
「ちっ、ちが・・・!」
「んじゃね、お幸せに〜。」

 手をヒラヒラさせながら店を出た悟浄は、

「ナルホド、やきもちってワケね? 可愛いトコあんじゃん。」

 満天の星空を見上げ、呟いた。
 煙草に火を点け、煙を吹き上げると、図らずも悟ったコトの原因について考えながら、宿への道を辿る。 一つ納得がいった所で、もう一つ考えざるを得ないのは、何にヤキモチを焼いたか、である。
 それが思い当たらない。

 ―――八戒の様子がおかしくなったのって、昼飯食った辺りからだよな。
    ・・・でも、その間、接触してた相手って・・・
    えぇっ!? ありえねえ! でも他にいねぇし。 ってコトは。
    ・・・・三蔵じゃん。 何考えてんだ、八戒?

「でも、まあ。」

 そういう事なら、ハナシは早いけど。 なにせ、間違いなく何もねーんだから。
 ・・・それにしても。

「やっぱ、笑えるよなぁ、八戒って。」

 煙草をくわえ、星空を仰ぎ見ながら、悟浄は喉の奥で笑った。


 宿に着いた悟浄が、まっすぐに向かったのは、自室ではなく八戒と悟空の部屋である。
 ドアをノックすると、即座に

「はい。」

 と八戒の声が答えた。 数瞬の後、ドアが開かれ、黒髪の青年が寝着姿で顔を見せる。

「悟浄、なんです?」
「猿はもう寝てんだろ?」
「ええ、ぐっすりですよ。」
「んじゃ、一杯ひっかけに行かねぇ? ちっとばかし、リッチなのよ、俺。」
「見て分かりませんか? 僕、もう寝る所なんですけど。」
「イイから着替えて来いよ。 ココで待ってっからさ。」

 笑みを湛えた流し目をくらい、若干赤面した八戒は、目を伏せて答えた。

「分かりました。 少し待っててください。」

 八戒が出て来るまでに、悟浄は三本の煙草を床で踏み消していた。

「ずいぶん待たせんのね。女の子みてえ。」
「たまにはありでしょう、そういうのも。」

 笑顔でツラっと言い返す八戒に、ニヤケ面を収めようともせずに悟浄が言った。

「ま、イイや。ソト出ようぜ。」
「エスコート、よろしくお願いしますね。」

 いつもの笑顔ではあるが、言葉の端々、笑顔の底に刺がある。 ため息をつきながら、悟浄は先にたって宿を出た。
 春先の外気は、冷たくはないが温さも感じられず、風が適度で心地よさがある。 歩きながら、少し遅れてついて来る八戒を振り返って、悟浄が口を開いた。

「お前さ、なにカリカリしてんの?」
「してませんよ。 勘違いでしょう?」

 笑顔で言い放つ言葉に取り付くシマは無い。

「それよりあなたも、今日はどうしたんです?」
「どうって、メシ食いに出たけど三蔵にフラれちまって、賭場で一儲けしてたの。」
「三蔵にフラれたから、代わりに僕ってことですか? ほんと、いい度胸ですね、悟浄は。」

 八戒の言葉には、あくまで刺があったが、悟浄は動じない。 面倒臭ぇ、という言葉を飲み込んで言った。

「はん? ヤキモチ?」
「まさか。」

 答える八戒はあくまで笑顔である。

「ま、イイや。 とにかく今日は俺、金持ちだから。 ナンでも奢るぜ。 ナニがいい?」
「言ったでしょう? エスコートお願いしますって。今夜は悟浄にお任せです。」
「はん? 言ってる事ぁ可愛いけど・・・」

 八戒に聞えないようにひとりごちて、
 ―――顔が可愛くねぇんだよ! その笑い方!
 と、心の中で思う。 しかしそれを表には出さず、悟浄は再び振り返って言った。

「んじゃ、酒でも呑む?」
「そうしましょうか。他に行くところもないですし。」
「おう。」

 上機嫌を装って答えた悟浄が、ずんずんと先に立って行く。
 八戒は、少し遅れて歩きながら、先ほどからの悟浄の行動を考えていた。
 夜中に呼び出されるなど、旅に出てから初めての事だ。 多分、自分が不機嫌なのを見越してのことだろう、と見当はついたが、連れ出してどうしようというのだろう。
 酒を酌み交わしながら仲直り?
 ―――まさか。
 この男が自分のことを、それほど単純だと見ているとは思えない。
 ・・・では、なぜ。
 ふと気付くと、二人は倉庫が立ち並ぶ、寂しい路地に入っていた。
 辺りに人気は全く無い。 酒場があるとも思えなかった。
 と、先に立って歩いていた悟浄が、振り返りもせずに声を出す。

「・・・ナンカ言えば? どこ行くつもりか、とかさ。」
「どこ行くつもりですか?」

 背後から戻って来た声は全くの棒読みである。
 ―――そう来ると思ったぜ。
 と、悟浄は腹の中で思い、振り向いて立ち止まると、八戒が追いつくのを待った。
 並ぶ位置まで来て、八戒も立ち止まる。 赤い瞳でその横顔を見ながら、悟浄は低い声を出した。

「二人になれるとこ。」

 声の主に目を向け、八戒が答える。

「例えば?」

 言葉が途切れるや否や、腕をつかまれた八戒が、乱暴に引っ張られた。 悟浄が彼を連れ込んだのは倉庫の間の暗闇である。 抱きとめる形のまま腕の力を強めながら、ニヤりと笑った悟浄に、八戒は抗議の声をあげた。

「ちょっと、悟浄。お酒を飲みに行くんじゃなかったんですか?」
「・・・ここでもイイし。」

 必要以上にもがく事もせず、翠の瞳を冷たい光で満たした八戒が、悟浄の腕の中で言った。

「単刀直入に伺いますが、目的は何です?」

 その瞳を見返して、ニヤリと笑った悟浄が、おもむろに首筋に唇を当てる。

「コレ。」

 首筋を這い始めた唇が、男の敏感な部分をなぞった。

「ちょっと、悟浄! そんなことが目的なら、僕はもう帰りますよ!」
「イイだろ? それともホテルとか行く?」
「行きませんよ!」

 言い返す八戒は既に真っ赤である。

「だって、お前、ベッドの中なら素直じゃん。」
「いい加減にしないと、本気で怒りますよ」

 火照った頬を自覚しながら、極力抑えて、八戒が抗議を続けるが、男に従う気は全く無かった。

「三蔵が?」

 唇を休ませることなく、男が唐突にその名を出した。 思わず漏れる声を抑えようとした八戒は答えられない。

「なんだっての?」
「っ・・・それはこっちが聞きたいです・・・」
「つか、なんで三蔵でそうなる?」
「だ・・・って。 三蔵と仲がいいのは、・・・悟浄じゃないですか」

 きれぎれに聞えた言葉に、思わず動きを止めた悟浄が、

「はあ?」

 素っ頓狂な声を出す。

「誰が誰と仲イイって?」
「・・・だから・・・三蔵とあなたが、ですよ・・・」

 息を整えながら言った八戒から身体を離し、悟浄は片手を額に当てて、言う。

「な〜にが悲しくてクソ坊主と仲良くなんざ、すんだっつの!」
「でも、仲よさそうに話したりしてたし、宿に着いたらさっさと二人で出て行ってしまうし・・・」
「だから、宿は一緒に出たけどすぐフラれたっつったろ?」
「・・・話を・・・楽しそうに。」
「話? ・・・って、ああ、アレな。猿の馬鹿さ加減を言ってただけだって!」

 額に当てていた手は、紅い髪をかきむしり始めていた。八戒は疑いを解けない視線で男を見返す。

「・・・それだけですか?」
「だけだって! 他にナニがあるっつんだよ、アレと!」
「本当に本当ですか?」

 真摯に問い掛ける翠の瞳を見返して、悟浄は、はぁ〜〜〜と、大きく息を吐き、肩を落として言う。

「あのな、・・・・俺のコト、とんでもなくケダモノ扱いしてねぇ?」

 疲れたような眼を相手に向け、続けた。

「そこまで守備広くねぇって。」

 見つめあいながら、どうやら本当らしい、と八戒は思う。 嘘でここまで疲れきったような演技が出来る男ではない。 理解の色が翠に瞳に映る。

「その言葉・・・信じますよ」

 その瞳を見て、悟浄もひとつ、息をつく。 どうやら疑いはとけたようである。
 と、なればもう、こっちのペースに持ってくるしか無いではないか。
 ニヤニヤ笑いを取り戻して、男は再び八戒を抱きしめ、耳にキスしながら息を吹き込むように言葉を漏らす。

「んじゃ、行こうか。」
「そっ、そういうことは外でしないで下さいって、いつも言ってるでしょう!?」
「イイじゃん。桜の下でも行ってさ。」
「風流に花見酒でも・・・って、」

 腰の辺りをまさぐりだした無骨な手を抑え、八戒が声を荒げた。

「あなたは反省という単語をご存知ですか、悟浄!?」
「知ってるよ〜。 終わってからするんだ、そーゆーのは。」

 言いながら悟浄の手はキッチリと着込んでいる服を引っ張り出し、その下の素肌に触れる。

「うわっ!悟浄、手、離してくださいってば!!」
「んじゃ、行く? 桜のあるとこ。」

 そう、低い声で言うと、ゆっくりと唇を重ねた。 手は服の下をまさぐり続けている。
 顔を背けて唇から逃れると、八戒は叫んだ。

「分かりました、行きましょう・・・!! だから・・・早く手、放して・・・」

 ニヤニヤ笑いを消さず、だが手を放した悟浄は、その手で今度は彼を抱きしめる。
 もう一度唇を重ねた。 今度は逃がさない。 ゆっくりと唇と舌を味わって、ようやく開放すると、その顔を見て、またニヤリと笑った。 口付けに浮かされて、上気した顔。

「へへ・・・・。 そーゆー顔、可愛いよな。」

 赤面して顔をそむけ、八戒が呟くように言う。

「・・・・ずるいですよ、悟浄は。 このタイミングでそういうこと言いますか、普通・・・・!」
「だって、可愛いもん、しょーがねーじゃん。」

 あごに手をやり、顔を向かせて更に深く口付けた。 そうして唇を解放すると、真剣な紅い瞳を八戒に向け、低い声を出す。

「つか、やっぱガマンできねーかも。」

 そう言うと、はだけたままの肌に指を這わせた。 敏感な胸の尖りをこする。

「ひゃッ・・・!! いきなり何するんです!?」
「ここじゃマズイ? やっぱ」
「・・・できれば遠慮して欲しいですね・・・っ!!」

 必死で悟浄から身体を離そうと、八戒はもがいたが、しっかりと抱きしめる悟浄の腕はびくともしない。 そのまま、また唇が重なり、今度は官能をより深く与えるべく、悟浄はテクニックを駆使した。 八戒の喉の奥から、くぐもった声が漏れる。
 やっと唇が離れたときには、八戒の息は荒くなり、もたれるように恋人に体重を預けていた。

「OK 行こうぜ、桜ンとこ。」
「・・・・・・はい・・・・・・」

 八戒の様子を確認し、目元に笑みを浮かべた悟浄は、自分で乱した服を整えてやりながら、耳元に口を寄せ、息のほうが多い声で囁いた。

「桜の下で、一発な。」
「ッ!!!???」

 耳まで赤くなった恋人に、ニヤニヤ笑いながら見下ろして、続ける。

「そこで、もっとイイ顔見せて。」
「・・・・・・はい」


 桜舞い散る春の宵に、艶かしい声が響いたとか響かなかったとか。



 <END>

 
 

(プラウザを閉じてお戻り下さい)