『Keep up with…1 』2005.05.07

 



「んじゃ、始めるぞ。 もち」
「ち・・・ち・・・青椒牛肉絲(チンジャオロースー)!」
「すあま」
「ま・・・麻婆豆腐!」
「ふ菓子」
「し・・・シュウマイ!」
「今川焼き」
「き・・・き・・・き・・・機械人形!」(←何気にマニアック)
「ブー! バ〜カ! 俺の勝ちな。」

 笑いを含んだ悟浄の言葉に、悟空が激昂した。

「ええ!? ナンだよ、おかしいだろ!」
「あ? ど〜こがおかしいんだよ。」
「またズルしただろ! 良く分かんねーけど!」
「ナニ言ってんだ、サル? 言いがかりつけてんじゃねぇぞ。」
「ごまかそうたって・・・!」

 顔を赤くしてつかみかかろうとする悟空の手を片腕で阻止した悟浄は、

「だぁ〜! うるせーんだよ、馬鹿ザル!」

 大声を出しながら、残る片腕を使ってその頭をゴイン、と殴りつける。

「てっ! ナンだよ、ズルしたくせに殴るな! 赤ゴキブリ河童!」
「てめっ、誰がゴキブリだ! だいたい・・・」
「喧しいわ!」

 スパーン、という乾いた音と共にハリセンが振るわれたのは、いつも通りのジープの車上。
 小競り合いの原因など興味も無い上、知りたくも無い最高僧は、ただひたすら静寂を求めてキレたのであるが、運転手には別の見解があるようであった。

「悟空、しりとりでズルって、どうやるんですか?」

 あくまで朗らかながら、困惑を内蔵した八戒の声に、ムキになった金目の少年が顔を赤くして言い募る。

「だって、おかしいだろっ!」
「ズルなんざ、してねえっつーんだよ、アホ猿! テメーが馬鹿なだけだろーが!」

 八戒につかみかからんばかりの悟空の襟首をつかんで引き戻しながら、声を荒げて悟浄が言えば、八戒も笑いを含んだ声で付け加えた。

「客観的に見て、ズルじゃ無かったようなんですけど。」
「だってさ! 俺、『ん』つってねーもん!」
「だ〜から最初に言ったろ、食いモンしりとりだって! 食いもん以外はNGなんだよ!」
「そんな事、聞いてねえよ!」
「言ったね。 せっかくエテ公の得意分野、選んでやったのによ〜。」
「エテ公言うな!」

 スパコーン!!

「・・・・・いい加減にしないか・・・」

 再びハリセンの洗礼を浴び、頭に手をやりながら最高僧を睨み付ける二人に、運転手が笑顔を絶やさず語りかけた。

「悟浄は言ってましたよ? 悟空、聞き落としたんでしょう。」
「ええ〜!?」
「ほーら、証人だって居んだぜ?」

 ザマ見ろ、と言わんばかりの悟浄の声を無視して、諭すような口ぶりで三蔵が言う。

「馬鹿ザル、諦めろ。 コイツにはエロ河童しか見えてねぇ。」
「何だよ、それえ!」
「あのさ、三蔵様。 その呼び方、止めてくんねえかな〜?」 
「何がだ。」
「・・・つーか俺、腹減ってきた。」

 唐突に言い出した悟空に、悟浄が間抜けな声をあげる。

「はあ? てか、今までのは何だったワケ?」
「あはは、もうお昼過ぎてますしね。」
「しりとりって、腹減るなあ。」
「違うだろっ! 明らかにしりとりのせいじゃねーだろっ!」
「分からんぞ。」
「ああ? てめーまでナニ言い出すんだよ、三蔵!」
「・・・こいつの腹は特別製だ。」

 最高僧のつまらなそうな一言で食事休憩が決まり、適当なところでジープを止めた八戒が、昼食の用意をし始める。 早く食事にありつきたい一心で、それを手伝う悟空を尻目に、残る二人はジープに寄りかかりながら煙草を取り出した。
 目の端でそれを認めた八戒は、手を止める事無く何気にその様子を見ている。
 一方、見られているなど、思いもよらない二人は、あくまで自然体である。
 いち早くジッポで火を点けた三蔵を見やった悟浄が、何事か話しかけ、最高僧はそれに答えず煙草の火口を悟浄の咥えた煙草の先端に寄せる。 当たり前のように貰い火をしながら、至近で何ごとかを告げた三蔵の言葉に反応して、悟浄が抑えた笑い声を上げた。 笑いながら言葉を返した悟浄に、珍しく三蔵も笑い返して何事かを言っている。 二人はそのままひとしきり笑って、煙草の二本目に火を点けた。
 談笑は続く。
 そのさまはとても楽しそうで、しかも何となく入り込めない雰囲気があり、八戒は離れた場所から見ているのみに留めざるを得なかった。
 自分たちが働いているのに、何であの二人はあんなに寛いでいるんだ?
 考え始めると、嵌ってしまいそうなので避け、悟空と共に昼餉の準備にいそしむ八戒。
 やがて準備が整い声をかけると、二人もジープを離れて近寄ってきた。
 珍しく機嫌良さげに口元に笑みを残す三蔵と、ニヤニヤ笑う悟浄の二人連れは、どうにもさまになっているように見える。

 ―――まあ、悟浄は勿論男前ですし、三蔵も性格はともかくとして、間違いなくキレイではありますから。 絵になるのは当たり前ですよね・・・・。

 でも、何だか悔しい。
 いや、寂しいと言った方が正しいのかもしれない。
 食事の準備をしているといっても、話ができないほど忙しいわけではない。
 野営であるため、そのまま食べる缶詰が多い。調理するといっても、せいぜい温めるだけだ。 なので、会話に入っていくことくらいは十分できる。
 なのに。
 自分だけのけ者のようで、寂しい。

「八戒。これ開けていい?」

 缶詰と缶切りを持って八戒に訊ねる悟空の声にはっとする。

「八戒?どうしたの?さっきからずっと手が止まってるけど・・・」
「え・・・。ああ、何でもないですよ。その缶詰、開けても構いませんよ」

 返答に遅れたのは体調不良のためだと考えたのか、悟空はどこか具合でも悪いのかと問うた。
 その問いに、大丈夫ですよと答える。
 考え事をはじめると周りが見えなくなる癖は直さないと。
 そう考えて気持ちを落ち着かせる。
 そして、八戒は調理に専念した。

 食事の開始と悟空と悟浄の低レベルの喧嘩の開始は、ほぼ同時だった。
 普段の喧嘩の原因は至極簡単で、おかずを取っただの、それは自分が先に目をつけていたものだ、などという内容のものだ。
 しかし、今回ばかりは少し変わっていた。
 悟空にだけ、料理が一品多いのだ。
 確かに、悟空の食物摂取量は平均以上(異常とも言う)のものであるから、町の食堂などで食事をするときの品数は二桁に上る。
 野営の際も他三人と同じ品数で量が多い、ということはよくあるが、品数が一人だけ多かったということは今までなかった。なので、異常を感じ取った悟浄が、食事開始時にいち早くそれを発見し、指摘したのだ。

「おい猿。何でお前だけ一品多いんだ? 勝手に食料漁って食ってんじゃねぇぞ、アホ猿」
「そんなことしねぇよ。ゴキブリ河童」
「言ったな、単細胞猿。じゃあ、その一品、どうしたって言うんだよ」
「八戒がくれたんだ。赤サビ河童」
「あぁ?どうしてお前だけに?」
「手伝いしたお礼だって、くれたんだ。やらねぇからな」

 悟空のこの言葉で、口げんかは一時中断した。
 喧嘩が終わったら、悟空は食のスピードを速める。
 食物は、まるで手品のように口の中に入っていく。
 そんな悟空の隣で、悟浄は釈然としない顔をしていた。
 今まで、自分だって何度も食事の手伝いをしたことがある。ほぼ毎回一緒に買出しに行くし、たまにジープの運転を交代してやるときもある。
 なのに、この差は何なのだろう?
 八戒が悟空を可愛がっていることは知っている。
 だが、それだけで割り切っていい問題ではない。これは明らかに贔屓である。
 悟浄は、つい恨めしげに八戒を見てしまう。

「誰かさん達と違って、悟空は良く働いてくれましたよ」

 八戒が悟浄の方を向いて言う。悟浄はバツが悪そうな顔をして、そっぽを向いてしまった。
 ふいと八戒から顔をそらした悟浄の目の前に、三蔵が皿を突き出した。

「そんなに欲しいのなら、やる」
「・・・三蔵・・・?どしたの、お前。何かあった?」
「このメーカーの缶詰は不味くて食えたもんじゃねぇ。 いらねぇんだ。 捨てるのももったいないから、食え」

 これは三蔵なりの優しさなのだろうと思い、悟浄は礼を言うと、三蔵の皿を受け取る。
 八戒は、黙ってその一部始終をじっと見ていた。

 ちょっとした仕返しのつもりだったのだ。
 悟空にだけ品数を多くすれば、悟浄は絶対に気がつく筈だから。
 仕返し、というよりもささやかな嫌がらせと言った方がいいかもしれない。
 どっちにせよ、そこまで深く考えてやったことではなかった。
 なのに、三蔵が予想外の行動をしたものだから、調子が狂ってしまった。
 実際のところ、三蔵は、口には出さなかったが、

「こんな不味いものは俺が食べるべきものではない。下僕(特に河童や猿)に食わせるに限る」

 という考えだったのだ。
 たまたま悟浄と利害条件が一致したので悟浄にあげたというだけだったのだが、八戒がそれを知るはずもなかった。

 後片付をしている間中、三蔵と悟浄がとった行動が頭に引っかかっていた。
 楽しそうに悟浄と笑う三蔵。
 自分の食事をあげていた三蔵。
 そして―――それを当たり前のようにしていた悟浄。
 片付けを済ませて、再び四人はジープに乗り込んだ。
 運転は、いつもよりも荒かった。

 必要以上にスピードをあげたジープが岩だらけの道を爆走すると、それはカーアクションの様相を呈する。
 転がった岩に引っかかっては激しくバウンドし、坂を登りきれば下りに転じた途上で一瞬、宙を舞い、そのまま着地すれば、真下からの胃がせり出すような衝撃を受けた。
 自然、前後左右に揺さぶられる格好となった乗員は、満腹のため眠りに落ちている悟空を除いて、つい先ほど食した物を排出しそうな危機に直面していた。

「〜〜〜〜〜〜〜〜!」

 意地になって煙草を吸い続ける最高僧が、眉間のしわを深くしながら運転手を横目で睨み付ける。
 それと知りながら、笑顔のままどこ吹く風の八戒はスピードを緩めない。

 ―――まぁ〜た、ナンカ考えてやがんな? 面倒くせーヤツ!

 後部座席で、やはり咥えた煙草を意地でも落とすまいと頑張っている悟浄も、手足を突っ張って体勢を維持しながら考えていた。
 言いたい事があるなら口に出して言えば良いものを、けっして言葉にせずに、気持ちの入っていない笑顔を貼り付けて腹の中はグチャグチャ、と言うのが、元同居人のひととなりである。
 だが、理解と同意は全く別の次元にあるものだ。 自己完結できないまま、勝手に不機嫌になられるのは、はた迷惑もイイトコなのである。
 八戒が、稀にこういう状態になるという事は、悟浄以外の面々にも理解されて来ては、いる。 ついでに言えば、こういう時の八戒には障らぬ方が平和だ、という事も、皆、身をもって実感している。
 だが残念な事に、約一名、忍耐に慣れていない男がいる為に、穏便には済まない、というのが常であった。
 そして今回もやはり、進路上に現れた急なカーブをドリフト切って曲がった勢いで、振り落とされそうになった三蔵が、ついにキレた。

「てめえ、ふざけてんじゃねぇ! なに無茶してやがる!!」
「ああ皆さん、シートベルト、ちゃんと締めといて下さいね。」

 笑顔と朗らかな声を維持したまま、答えにならない答えを返す運転手に、青筋立てた金髪紫眼の青年は懐から拳銃を取り出す事で返事をした。 撃鉄を起こす微かな金属音を耳のそばで聞いて、それでも笑顔を崩さない八戒に

「止めろ。」

 と言った口調は、要請でも懇願でもなく、明らかに『命令』である。

「はい。」

 という返事が聞こえるやいなや、ジープが急停止し、体勢維持の努力をしていなかった悟空が、前方に放り出された勢いのまま、フロントウィンドウに激突して止まる。 結果、少年の下で最高僧が押しつぶされる形となった。

「〜〜〜〜〜〜〜!!」

 怒りのあまり罵声を音声化できずにいる三蔵に、全く気付かぬ様子で、八戒は少年に心配そうな声をかける。

「悟空! 大丈夫ですか?」
「んん〜?」

 未だハッキリと目覚めぬまま、意味不明の声を出す金目の少年を、八戒が三蔵の上から抱き取り、自分の膝の上に乗せてフロントウィンドウにぶつかった頭頂部をなでた。

「瘤にはなってないみたいですね。 良かった。」
「ふえ。 どーしたの、八戒? ナンで止まってんの?」
「ちゃんとシートベルトしなきゃダメですよ、悟空。 危ないですから。」

 過去に見た事が無いほど、あからさまに悟空を甘やかす八戒の様子を横目で見て、これは明らかに嫌がらせである、と悟浄は判断した。
 どうやら自分か三蔵のどちらか・・・或いは両方・・・が、八戒の逆鱗に触れたらしい。
 どこがどう拙かったのかが判然としないあたり、理不尽極まりないのだが、悟浄にとってはある意味慣れた展開である。
 そう考えれば、先ほどの缶詰一品も、同じ理由からした事と思えなくもない。
 理由が分からない以上、この鉄面皮にツッコミを入れるにも限界がある、と熟知しているこの男は、干渉を避けることを決めた。
 こうなっている八戒には、下手に障らぬ方が賢明だ、旅の続行にも関わる事態になりかねない、と思いきわめ、

「・・・あ〜〜、八戒? 俺、運転、代わろうか?」

 喉に引っかかったような声を出しながら、とりあえず咥えたままだった煙草に火を点ける。
 だが、穏便にコトをやり過ごそうとした紅髪の青年の善意は、忍耐力に欠ける男によって無にされた。

「貴様、湧いてんじゃねえぞ。」

 いったん押し潰された状態から、ゆらり、と音がしそうな迫力を伴って起き上がった最高僧の出す声は、ヒトの可聴領域ギリギリの低音である。

「どーしたんだよ、三蔵? なに怒ってんだ?」
「てめえは黙ってろ、猿!」
「何を言ってるんです? 三蔵が止めろって言ったから停車したんですよ?」

 心底、不思議だ、という顔と声で八戒が言えば、白皙の美貌はどこへやら、すでに羅刹の形相となった最高僧が運転手に手を伸ばし、襟首をつかんで乱暴に引き寄せた。

「言いてえ事があるんなら、ハッキリ言いやがれ! こんな真似する必要が、どこにあるってんだ!」
「どうしたんです? 急がないと、次の町に間に合いそうにないのでスピードは出してましたけど、人どおりの無い所ですし、問題ないでしょう?」
「はぐらかしてんじゃねえ!」
「だって、野宿が続くのは避けたいじゃないですか?」 

 悟空を抱いた状態のまま、八戒が苦笑気味に返すと、

「・・・・・・・表へ出ろ!」

 地を這うような低音で、三蔵が言った。

「三蔵、冷静になれって! 表ってナンだよ!」
「ジープから降りろってコトですか? それは良いですけど・・・?」
「お前もムキになってんじゃねぇよ!」
「何を言ってるんです、悟浄? 僕は三蔵の言うことに従ってるだけですよ。」
「ナメてんじゃねぇ・・・」
「嫌だなあ。 そんな不潔なコトしませんよ、僕は。」
「だからよせって!」

 焦って間に入ろうとする悟浄を無視して、八戒の膝の上に乗ったまま、悟空があっけらかんとした声を出した。

「なあ八戒、俺、目ぇ覚めたら腹減ってきた。 おやつの時間ってまだか?」
「てめえも少しは自覚しろ! 恥ずかしくねぇのか!?」

 スパコーン!!

 乾いた音とともに悟空がジープから弾き飛ばされる。
 過去に類をみない最大級のハリセンの威力を体感した金目の少年が、激昂して大声を張り上げた。

「イテーだろ! ナニすんだよ三蔵!」
「この猿が! 甘えてんじゃねえ!」
「三蔵! 何するんですか? 悟空は何もしてないじゃないですか!」
「クッ! まだ言うか!」
「・・・お話になりませんね。 ちょっと早いですけど、今日はもう、ここに泊まる事にしましょう。 三蔵のご機嫌が悪いみたいですから。」

 そう言うと、八戒はジープから降り立ち、一声かける。

「ジープ、遊んで来て良いですよ。」

 ボン、という音とともに鉄の車は小さな竜へと姿を変えた。 当然の如く、乗ったままだった悟浄と三蔵は投げ出される格好になる。 いったん八戒の肩に止まって甘えるように黒髪に頭を突っ込んでいた白竜は、翼を二、三度はためかせると、キィキィと鳴きながらいずこかへと飛び去ってしまった。

「て・・・めえ・・・・」

 最終兵器とも言うべき『ジープは僕のペットです』攻撃を使った八戒は、満面の笑みを浮かべて、投げ出されたままの二人を見下ろしている。

「やめとけって、三蔵。 相手したって面倒臭ぇだけだから。 ああなったら、もうムリよ、あいつ。」

 歯茎を砕きそうな勢いで歯噛みする三蔵の肩をポンと叩いて、悟浄が言った。
 常であれば、激昂するのは悟浄のほうが早いのだが、こと八戒が絡むと事情は違ってくる。 喰えない鉄面皮の扱いにおいては、悟浄に一日の長があったのだ。 とはいえ、それで三蔵の怒りが解けるわけもない。
 いつのまにやら、八戒・悟空チーム vs 三蔵・悟浄チームの対立、という構図が出来上がっていた。
 常ならありえない組み合わせなのだが・・・。

 一旦は遊びに行ったジープだが、三蔵の怒声が聞えたらすぐ戻ってきた。
 八戒はもっと遊んでいいと言ったが、ジープは機嫌が悪いときの三蔵を良く知っていたので、車に変化して運転を促し、彼の怒りを静めようとした。
 ジープの主人も起こると怖いが、ジープ自身が悪くなければ害はない。 だが三蔵の場合、機嫌が悪い時は、とにかく物や人に当たる。
 なので、彼の機嫌が悪いと判断したら、怒りを静めてもらうよう最善を尽くす。
 これがジープの、三蔵が機嫌が悪いときの対策法だ。

 ジープの機転の良さに、悟浄は心底感謝した。
 ジープが帰ってこなかったら野宿という事になりそうだったのだ。 町に着けば外出して、この重苦しい空気から逃れられるのだから。
 しかし、何故八戒が怒っているのか分からないので、単純に喜ぶ事はできない。
 悟浄は現在の座席――三蔵と悟空の位置が代わった――に違和を感じている。
 四六時中一緒にいるので、座席が代わってもどうということもない筈だ。 事実、八戒が不調の時は、悟浄が代わりに運転したりする。 この違和は、不機嫌絶頂の八戒に原因があると悟浄は確信している。
 前方からは、悟空の楽しそうな声が聞える。
 隣の三蔵は目を閉じているが、眠ってはいないだろう。
 悟浄も三蔵に倣って、寝る体勢を整えた。

 また二人で一緒の事を。
 バックミラーを見て、八戒は不快指数を上げた。
 嫉妬を測る装置が世の中にあるなら、今の八戒は間違いなく最高ゲージを記録するであろう。 もしかすると、嫉妬が大きすぎて、機械の方が壊れてしまうかもしれない。
 しばらくバックミラーを睨んでいたが、悟浄は自分の視線に気づく様子はない。
 本気で気づくと思っているわけではないけれど、無自覚に淡い期待を持っている自分がいた。

「で、紅孩児が・・・・って、八戒。聞いてる?」

 悟空は、最近八戒と話す機会が少なかったため、さっきから喋り通しである。

「聞いてますよ。それでどうなったんです?」

 悟空のほうに笑顔を向けると、金瞳を輝かせて話を再開する。
 それを聞きながら、一気に加速する。街が見えてきたのだ。
 バックミラーの中の後部座席に、体制を崩した二人がいた。
 それを見たら、少し気が晴れた。

 日没までに街に着き、ツインを二つとることができた。廊下を挟んで向き合っている部屋だ。 受付で鍵を受け取ると、八戒は悟空を連れてさっさと部屋に入る。三蔵と悟浄もそれに対抗するかのように歩くスピードを速める。冷戦開始である。
 ここまできて、悟空にもやっと状況が理解できた。
 三蔵と悟浄と八戒は喧嘩中なのだ。原因は不明だが、少なくとも八戒を怒らせているのは自分ではないらしい。八戒が怒ると怖いので彼と一緒にいた方が安全だと考えた悟空は、未練がましく三蔵たちの方を何度も見ながら部屋に入った。

 夕食は、悟空は八戒と宿でとり、三蔵と悟浄は外に出て行った。
 宿を出ると、三蔵は悟浄が行こうとしていた方向とは違う方へ歩いていく。

「どこに行くんだよ?」
「俺は一人で食う。お前といると、とばっちりをうけるからな」
「なにそれ?」
「あいつの事は、どうせお前が原因だろう」
「心当たりはないぜ?どうしてそう言い切れるンだ、三蔵様は?」

 自分に分からず三蔵に分かるのが不思議だったが、本音は軽口に隠して訊ねる。

「俺が悪い筈がないからだ。お前が悪いに決まっている」

 根拠はないが自信はある三蔵の口調に悟浄は呆れた。

「八戒の機嫌が直るまで、俺に近よるな」

 近寄ったら殺すと言い残し、三蔵は去っていく。
 悟浄は少ない現金が入ったポケットに手を突っ込み、賭場へ行く事にした。

 宿の食事は特別おいしいわけでも不味いわけでもなかったが、量が多かったので、味の評価と量の評価で中和されて、平均評価はまあまあ、というところだ。

「物足りないって顔してますね」
「うん」

 メニューにあるものは前菜からデザートまで一通り食べてみたが、もう一度食べたいというほどの物はなかったので、再度頼む気にはなれないようだ。

「じゃあ、僕が何か作りましょう。何がいいですか?」
「本当?それじゃあ、えーっと、オムライスとホットケーキとラーメンと。 あ、甘いものもなんか食べたい。プリンとかシュークリームとか大福とか。」

 八戒の申し出に、悟空は遠慮なくリクエストする。

「時間がかからないものならできますよ。厨房借りれるか、聞いてきますね」

 椅子から立って、八戒は厨房の方へ向かった。
 彼の背中を見ながら、悟空はふと、八戒は何で怒っているのだろうと疑問に思った。
 三人とも、どうして仲直りしようとしないのだろうか。
 自分が悪かったら、ごめんなさいと言うだけなのに。
 だが、戻ってきた八戒が、厨房使用の許可が下りたと言ったので、今まで何を考えていたか忘れてしまった。

 八戒が作ったものは、宿のものよりもずっとおいしかった。 好きなだけ食べていいと言われたので、それに甘えて何度もおかわりをした。

「悟空は何でもおいしそうに食べてくれるので、つくり甲斐があります」

 嬉しそうに八戒が言って笑った。悟空も、八戒が笑ってくれるのが嬉しかった。

「なあ、後で一緒に風呂に行こうよ。背中、流しっこしよう」
「ええ、喜んで」

 今日は八戒を独り占めできる。いつもはそんなわけにはいかないので、嬉しい。
 で、今日の喧嘩の原因は何だったっけ。
 さっき中断してしまった思考回路を接続しなおす。接続しなおしたところで、これといって思い当たることもなく、悟空は食事の手を止めて黙り込んでしまった。

「悟空、どうしたんです?箸が止まってますよ?」

 急に食べることをやめた悟空を、八戒は不思議そうに見る。

「・・・あのさ、今日何で怒ってたかって、聞いてもいい?
 あ、別に言いたくなかったらいいよ、無理しなくても」

 三蔵と悟浄が一緒にいて、楽しそうに笑っていたからなんて、言えない。
 嫉妬なんて見苦しいとは思うけれど、感情が暴走する。冷静になって暴走後の惨劇を見た時、本当は物凄く後悔した。嫉妬して、攻撃的になるなんて、幼稚だ。 しかも、一方的に怒りをぶつけて、何てくだらないことをしてしまったのだろうと。
 しょうがないですよ。好きなんだから。気になって当然でしょう?
 八戒は声には出さないで心の中でそう呟いた。
 でも。
 もしかして、今回のことで、悟浄は自分を嫌いにはならないだろうか。 呆れているのではないだろうか。
 嫌われてたらどうしよう。謝った方がいいのだろうか。でも、口もきいてくれなかったら?
 考えれば考えるほど、深みに嵌る。
 今度は悟空に代わって八戒が黙り込んでしまった。
 うつむいた八戒の表情は、今にも泣き出しそうだった。




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