『貴方がいて、僕がいて 〜First psrt〜』2004.09.20

 


 普段はひっそりと穏やかな悟浄の家は、年に二回だけ賑やかになる日があった。ひとつは十一月九日の悟浄の誕生日。そしてもうひとつが今日―――九月二十一日の八戒の誕生日だった。
 今年も九月二十一日は八戒の誕生日会をやるから、何が何でも絶対に来い。死んでも来い。
 これは半年以上も前から三蔵と悟空が繰り返し聞かされた事だった。ちなみに発案者は悟浄であり、今年で三回目を数えようとしていた。またやるんですか、と八戒自身が困ったように笑っていたにも関わらず。
 この提案に対し二人の反応は当然のように両極端だった。お祭り好きな悟空は素直に喜び、露骨に厭な顔をした三蔵は、馬鹿かてめぇは、と聞く耳すら持たなかった。しかし悟浄にしてみれば、言ったことを兎に角覚えてもらえればいい。表向きの理由に向かっては何を言われても構わないと思っていた。三蔵に散々馬鹿にされようが、三蔵ならその時だけで済む。同居する八戒に寂しげな表情をされる方が精神的に辛かったのである。
 勿論その理由を悟浄は知っていた。いわゆる『恋人に逢いたくても逢えない』というやつである。片方の立場が特殊すぎる所為か、一・二ヶ月逢えないのは珍しくなかった。近い距離にいるのに酷く遠い。これ故に誕生会というのは、滅多に逢うことのない三蔵と八戒を七夕の如く逢わせてやろうという配慮だったのである。
 去年は悟空(サル)が無理矢理連れてきたが、今年の三蔵(アイツ)はどうかねぇ。年取ると変なところで依怙地になるからなぁ。主役に料理をさせる訳にはいかないと、台所で中華鍋をふるう悟浄はその事だけを気にしていた。

「おーい、はっかーい!ひっさしぶりー!」
「そんな大きな声出さなくても聞こえてますよ。久しぶりですね。」
「うっせぇぞバカ猿!人ン家に上がるときは、もちったぁ静かにしろって言ってんだろーが!」
 元気な声と盛大な足音はいつものこと。飛び込んできた悟空に向かって八戒はゆっくりと微笑んだ。三カ月ぶりに見る悟空は少し背が伸びたようで、八戒がその事を指摘すると嬉しそうに頷いていた。嬉しいときは笑い、悲しいときは泣く。目の前の無邪気な仕草や笑顔は、どのような雰囲気でも明るくさせる力を持っていた。そして八戒は幾度となくこの笑顔に救われたものだった。
 感じることは一緒なのか、それともからかう相手が出来て喜んでいるのか。おそらく両方だろう。手早く料理に一段落をつけ悟浄も会話に加わってきた。悟空の頭を思い切り小突くのも、いつもの挨拶代わりだった。
「人ンちに勝手に上がり込むとはいい度胸だな。何しに来たんだこのバカ猿。」
「痛ってー・・・、ったく誰がバカ猿だよこのエロ河童!絶対来いって人のこと呼びつけたのは悟浄だろ?!」
「あン、そうだったか?俺はお前の飼い主なら呼んだ覚えはあるが、お前までは呼んだ記憶はねぇなぁ?」
「ふざけんなこの万年発情期!それに俺がいつから三蔵のペットなんかになったんだよ!」
「ほおー、ちげーってのかよ?この小猿ちゃんはいっつもあの金髪美人にべったりなくせに?」
 意地悪く片頬を上げる悟浄に、悟空は思い切り頬を膨らませた。人生経験から悟空が悟浄に口で勝てる筈もなく。加えて遠からずの図星である。悔しそうに顔を赤くした悟空は、今度は腕力で勝負とばかりに悟浄へ掴みかかっていた。根っからの勝負師ゆえ、どのような勝負事でも受けて立つのが悟浄である。子供(ガキ)になんざ負けてたまるかとばかりに悟空の首根っこを羽交いにしていた。結局は悟浄も悟空と同類なのか大人げないのか、よく解らない光景だった。
 そんな二人を形だけ止めるのが八戒の役割である。いつも通りの長閑な光景に微笑みを深くする一方で、八戒の目は部屋の入り口から離れることはなかった。もうひとり
―――悟浄が飼い主と称した人物の姿が見あたらないからだった。いくら何でも遅すぎはしないだろうか。微かな不安の種はあっという間に芽を出し、伸びた蔓は八戒の心を覆い尽くしていた。
「あの・・・ね悟空、三蔵・・・は?」
 蔓を刈り取るには自分から答えを探すしかない。八戒が口を開いた途端、悟浄の髪を引っ張っていた悟空から動きが消えた。いつか聞かれると解ってはいても、やはり言いにくかったのだろう。僅かに逸らされた金色の瞳に、八戒は聞きたくない答えを読み取ってしまっていた。
「俺・・・ちゃんと三蔵も連れてこようとしたんだよ。でも今日は忙しいから行か・・・行けないって。」
「そうなんですか・・・。それなら、仕方ないですよね・・・。」
 この時悟空は、ほんの少しだけ言葉をすり替えていた。三蔵が忙しいと理由を付けたのは本当だった。しかし『行けない』とは言わずに『行かない』と言ったこと。説得しようにも『くだらない』『面倒だ』と突っぱねたことを、どうしても八戒には言えなかった。三蔵が来れば自分も一緒、逆に自分が来れば三蔵も一緒。八戒の中にある暗黙の了解や期待に逆らってまで真実を告げる残酷さはなかったのである。
 仕事なら仕方がないな。言葉を反芻するように小さく八戒はため息をついた。細めた翡翠にあからさまな落胆は見せなかったものの、下がり気味な口調は隠せなかった。今日が自分の誕生日である事を忘れているのならまだ救われるのに、と。
 慶雲院に行けば三蔵はいる。来てくれないなら行けばいいし、逢いたいなら逢いに行けばいい。誰でも考えられる事である。だけど自分は我が侭しか知らない子供ではない。押し掛けるような真似をしたところで、あの冷たい紫苑に黙って咎められるだけ。嫌われたくない想いは本音を喋る舌を切り、心に枷を付ける。保証もないまま何日でも何ヶ月でも待つしかないのだと、八戒は自分を抑えつけるしかなかったのである。自分にも限界はあるのに、と泣きながら訴えるもう一人の自分と共に。
 雰囲気は一転し、部屋へ降りた沈黙は八戒の心そのものだった。この重苦しい空気を作った原因は自分である。心の優しい悟空が責任を感じるのは無理もなかった。せめて後から来る、と同じ嘘ならもう少し巧い嘘をつけばよかったと。
 そしてまた悟浄も微かな責任を感じていた。最初から来ることを期待せず、拉致まがいのことをしてでも三蔵を連れてくれば良かったと。尤もそれをやるには相当の覚悟は必要なのだが。
「なぁ八戒・・・?」
「ねぇ八戒、別に三蔵なんか居なくたっていいじゃん!えっと・・・仕事終わったら来るって言ってたし!」
「・・・あぁそだな。あンの極悪坊主も約束だけは破ったことねーしな。どーせ忘れた頃にでもぽっと来るんだろうよ。」
 努めて明るい表情を作りながら、悟空は思いついた嘘を重ねた。嘘をつくのは悪いこと。院の僧侶たちにこう教え込まれたが、今は本音を言うことが悪いことと信じて疑わなかった。
 その気を察した悟浄も咄嗟に調子を合わせた。せっかくの誕生日である。ここで主役に落ち込まれたり、泣かれでもしたらかなわないから。悟浄と悟空の極めて珍しい連係プレーだった。
「・・・そう・・・そうですね。あの人はホント気まぐれでしか動かない人ですしね・・・。」
「そーそ。だから今はとりあえず飲んで、お前の誕生日を祝おうや。なぁチビ猿!」
「だーかーら、誰がチビ猿なんだよ!このウドの大木!」
「はいはい二人とも、それ以上暴れないで下さいねー。ココ壊したら誰が建て直すんですかー?」
 再び取っ組み合いを始めた二人を止める八戒に先程までの深刻さはなかった。悟空や悟浄の言葉に真実味がないことや、自分を気遣った嘘だということは解っていた。だからこそいつもの綺麗な笑顔を貼りつけることが出来たし、貼りつけなければならなかった。それこそ、自分は我が侭しか知らない子供ではないのだからと。
 自分は独りじゃない。たったひとりが欠けても寂しくなんかない。八戒は自分に向かってこう言い聞かせた。三蔵はもう来ないと無理に割り切ってしまえば、心も幾分軽くなった。それに八戒を取り巻く優しさに嘘偽りはないし、全てが幻でもない。今はささやかな幸せだけを見ていようと、八戒は心の目を伏せた。
 油断をすれば足許が崩れてしまいそうなアンバランスさが、そのうち消えることを信じて。



to be continue...





スミマセン、相変わらず無駄に長くて。
いやもう今回ばかりは、これで半分ってどーいう事よ?!と泣きそうに
なりましたね・・・。ネタ自体はたった1行なのにと。
まぁ今更な話ですが、コンパクトに纏めるということが出来ない
結果だと思って目をつぶって下さると有り難いです。
八戒の誕生日記念に、まずは前編を八会の皆さまへ謹んで☆

きゃら 拝
(2004.9.18)



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